日本庭園といえば、四季折々に色づく花々や草木を眺め、静かに心を落ち着ける場所というイメージが一般的でしょうか。しかし、自然景観の縮図として表現された日本庭園は、険しい山々や激しい大瀑布のように観る人を圧倒することも。そんな大迫力の日本庭園の必見ポイントは、ずばり「石組(いわぐみ)」です。石組の表現は様々ですが、ここで紹介する5点を意識してみると新しい日本庭園の楽しみ方が見えてくると思います。
突然ですが、「石組」は「いしぐみ」でなく「いわぐみ」と読んで下さい。最近は漢字のまま「いしぐみ」と読む人も多いのですが、伝統的に使われてきた用語の「いわぐみ」を使いましょう。
さて、日本庭園の特徴の一つは「見立て」です。池や白砂が海を表現していたりするように、石や石組も自然景観などの抽象表現になっていることが多いです。この表現の対象として最も分かりやすいのは「滝」だと思います。
石組で滝を表現する歴史は古く、平安時代以前の作例では「大沢池名古曽滝」(京都市)や「法金剛院庭園青女滝」(京都市)などがあります。両者とも池に水をひくための取水口なので、実際に水を流すように造られています。滝石組は池泉庭園だけでなく枯山水庭園にも見ることができます。表現法は様々ですが、当然ながら自然の滝のように組むことが重要です。水を落とせば滝になると思うかもしれませんが、水を落とす石の左右に石を添えて実際の山の中の滝のように見せたりといろんな工夫があります。水のない「枯滝石組」では、水の流れを表現することが必要になります。一例としては、石の縞模様が縦になるように据えて流れ落ちる水を表現するという絵画的手法もあります。
さて、「滝石組」に関連して、ぜひ「龍門瀑(りゅうもんばく)」という用語を覚えて下さい。中国の黄河に実際にある「龍門の滝」を模した滝石組が「龍門瀑形式の滝石組」です。「龍門の滝」には有名な故事があって、激しい流れでほとんど魚が登れないけど、登ることができた鯉は龍になるというものです。がんばって修行したら立派なお坊さんになれるよってことで、禅の思想と関連づけられて多くの寺院で龍門瀑の庭園が作られました。
写真の滝石組は「光前寺庭園」(長野県駒ヶ根市)の滝石組ですが、これも龍門瀑形式の滝石組です。龍門瀑で重要なのは鯉です。鯉の見立てとなる石を「鯉魚石(りぎょせき)」といいますが、写真では滝の中に立つ石が鯉魚石です。鯉魚石は滝の下部に据えるのが普通なんですが、光前寺では上部に立てている点で変わっています。また、実際の龍門の滝のように三段の滝にする点も龍門瀑の表現によく見られます。
蓬莱神仙思想に基づいた庭園もよくありますが、蓬莱神仙の世界で象徴的なのが鶴と亀。これを石組で表現したのが鶴島石組と亀島石組です。蓬莱神仙思想とは不老不死を願う思想で、この思想の中では不老不死の仙人が住む蓬莱山が理想郷として信じられています。神仙の使とされる鶴と亀は長寿の象徴です。
亀島石組は頭、脚、尾などを表す石で構成され、それぞれ「亀頭石」、「亀脚石」、「亀尾石」とよばれます。「亀頭石」は亀の頭によく似た石を使うことが多いので分かりやすいです。また、蓬莱山を背負う表現もよくあり、蓬莱山を表す石が背におかれたり、松などが植えられたりします。亀が蓬莱山を背負うのは、蓬莱山が亀に似た架空の生物の「ごう」の背に乗って移動しているという思想に基づくものです。
写真は鶴島石組で「摩訶耶寺庭園」(静岡県浜松市)のものです。鶴島石組では鶴の翼を表す「羽石」と首を表す「鶴首石」が特徴です。写真では島の左に臥せて据えられたのが鶴首石で、てっぺんにあるのが羽石です。ちなみに、写真の摩訶耶寺庭園の羽石は中心の大きな石とその両側により沿うような2つの石で構成されています。このような構成は、阿弥陀三尊のような三尊構成の仏像に例えて「三尊石組」とよばれます。三尊石組はバランスがいいのでいろんな石組に取り入れられます。写真奥の築山の石組も三尊石組ですね。ちなみに、摩訶耶寺庭園の亀島は出島と兼ねた構成になってます。この「兼ねる」という手法も日本庭園では多くみられます。
蓬莱神仙思想に基づく庭園では蓬莱山を表す「蓬莱石組」もよく組まれます。前述のように亀が蓬莱山を背負うこともありますが、独立した蓬莱山とすることも多いです。蓬莱山には仙人が住む洞窟があることになっているので、石組の一部を洞窟状にした「洞窟石組」としたりします。蓬莱山と似た山の表現に「須弥山(しゅみせん)」があります。蓬莱山が道教の蓬莱神仙思想に基づくのに対し、須弥山は仏教思想によるもので、世界の中心となる山です。
写真は「万福寺庭園」(島根県益田市)の「須弥山石組」です。築山てっぺんの石が須弥山を表す「須弥山石」ですが、まわりにもいっぱい石があって全体で須弥山石組をなしています。仏教の思想では「九山八海」といって須弥山が八つの山と海に囲まれるといわれているので、須弥山石組でも九山八海を表現するのが典型です。この庭園では須弥山石を中心に渦状に石が据えられていますが、こういった手法が典型的な須弥山石組の手法で、後述の「北畠氏館跡庭園」でも同様の手法がとられています。
日本庭園には古くから橋がありました。庭園なので見た目は重要ですが、もともとは池などを渡るための実用的なものです。しかし、かなり古い時代から象徴的意味をもつようになっていました。たとえば浄土庭園であれば、「浄土に至る」ということで極楽往生を願う気持ちが込められます。鶴島・亀島や蓬莱島へかかる橋は、不老不死や長寿を願う気持ちの現れです。そして、象徴的意味をもつが故に廻遊を目的としない観賞式庭園でも橋が設けられました。象徴的なものなので、渡ることを想定していない橋もいっぱいあります。橋にも木橋、土橋といろいろですが、石組の中には石橋が取り入れられました。
石橋は独立した一石が据えられることはあまりなく、「橋石組」という橋を中心にした石組となったり、滝石組などの中に組み込まれたりします。「橋石組」の中では橋に添えられる「橋添石(はしぞえいし)」も重要で、橋添石があることで連続した景観が実現できたりします。滝石組に橋が使われる場合、滝の上部にかけることがあります。こうすることで、滝の雄大さが表現できるんです。こういう表現を「玉澗式(ぎょくかんしき)」といいます。
「旧徳島城表御殿庭園」(徳島市)はいくつも石橋がある庭園ですが、写真は鶴島と亀島にかかる石橋です。この地方では「阿波の青石」といって青みがかった緑泥片岩を産するのですが、この庭園でも青石がふんだんに使われています。橋石は特に青味の強い石が使われいて、庭園の中のアクセントになってます。
池に水をはった池泉庭園では、岸の土が流れないようにしないといけません。そのため岸に石を並べて土留としますが、ただ石を並べるのでなく見栄えのいい石組にするのが優れた庭園です。このような護岸の石組を「護岸石組」といいます。
写真の「北畠氏館跡庭園」(三重県津市)は曲水式池泉の庭園で、入り組んだ岸が特徴になってます。この岸の石組が素晴らしいものなんです。同じような石をただ並べただけだと凡庸でつまらないけど、大きさも形も様々なものを使い、立てたり、臥せたりと石の据え方にも工夫があります。
日本庭園といえば、静かで心を落ち着かせるところのように考えている人も多いと思います。もちろん、わざと騒音を出しているような庭園はないので静かなことに違いはありませんが、その景観は静的なようで実は躍動的です。激しい流れの滝、力強く羽ばたく鶴、険しい山などを表現するのに弱々しい石組はふさわしくないですよね。庭園の石組は本来力強いものなので、いろんな庭園で石組の迫力を感じていただきたいです。石組の表現手法はここで紹介したもの以外にも様々なので、いろんな庭園を訪れる中で覚えていって下さい。
さて、本記事で載せた写真の庭園はどこも素晴らしい石組のあるおすすめ庭園です。ここではあえて地方の庭園にしてみました。いろんなところに名園があるので、いろんなところに行ってみて下さい。とはいえ、いろんな庭をいっぺんに見ようとすると最適なのは京都がです。京都にある石組の素晴らしい庭園を紹介して本記事を終えたいと思います。
□ 西芳寺庭園:下段の池泉庭園と上段の枯山水庭園に分かれる庭園ですが、枯山水庭園では龍門瀑形式の滝石組があります。滝は三段なので、典型的な龍門瀑形式です。鯉魚石は滝の一段目をあがったところにあり、力強く泳ぐ姿が見事に表現されています。困難に立ち向かう強い意思を感じさせます。下段の池泉庭園の「夜泊石(よどまりいし、やはくせき)」も必見。蓬莱島から帰る宝船が連なって停泊して夜を明かしているところを表現する石組です。庭園の苔に覆われた様子も有名で、苔寺の通称でも知られるお寺ですが、苔よりも石組を見ていって下さい。作庭当初は苔はなかった庭園なので、苔がない白砂の庭園を想像するのが通の楽しみ方です。見学には事前に往復はがきでの申し込みが必要です。
□ 天龍寺庭園:この庭園でも必見は滝石組です。今では水のない滝石組ですが、もともとは水が流れていた滝で、こういう滝は「涸滝」といいます。この滝石組も龍門瀑形式です。通常、鯉魚石は滝の下の方に据えるのですが、ここでは滝を登っちゃってます。後醍醐天皇の菩提を弔うためのお寺なので、まさに龍にならんとする鯉を表現することで、後醍醐天皇への敬意を表しているのではないでしょうか。滝石組の中の石橋は、最古のもの。三石が一直線上に据えられています。三石一直線というのは古い手法のようで、新しい石橋構成では一石だったり、折れ曲がった二石の構成になったりします。
□ 大仙院書院庭園:大徳寺塔頭の大仙院の庭園で、国宝の本堂の北面と東面に接した小さな庭園です。北東隅に龍門瀑形式の滝石組があります。小さな庭園ですが雄大の山水の景観が凝縮されています。鯉魚石は滝を飛び越えようとする鯉を表現する躍動感のあるものです。
□ 金地院庭園:南禅寺塔頭の金地院の庭園です。蓬莱庭園の代表的な庭園で、典型的な鶴島・亀島の表現を見ることができます。典型的ですが、使われている石は巨石ぞろいで、力強い石組み構成になっています。
□ 高台寺庭園と円徳院庭園:高台寺は古建築も多い人気のお寺ですが、庭園を日本的なだけの空間として漠然と捉えている人が多いようで、もったいないと思っています。荒廃した時期もあって作庭当初のままというわけではないんですが、開山堂の西側は状態よく残っていると思います。亀島石組をきちんと見ていって下さい。重要文化財の古い茶室もあるので、その周囲の茶庭も必見です。それと、高台寺塔頭の円徳院の庭園も必見です。もともとは池泉庭園だったのですが、今は水の涸れた涸池庭園となっています。固い表情の石が豪快に使われた庭園で、三尊形式の蓬莱石組、そこから流れ落ちる枯滝、涸池には鶴と亀の二島があり、鶴島と亀島の間には巨石を用いた石橋という風に、日本庭園の石組の要素が濃密に含まれています。
□ 慈照寺庭園:「銀閣寺」の通称で知られるお寺ですが、正式には「慈照寺」です。白砂の向月台や銀沙灘なども有名ですが、石橋や護岸石組の表現も素晴らしいのです。
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