「現存天守」ここを見て欲しい!戦の備えから見たお城の楽しみ方

「現存天守」ここを見て欲しい!戦の備えから見たお城の楽しみ方

更新日:2014/05/21 11:35

「現存天守」と言うのは江戸時代より前に建てられた天守が、修理をされながらも、そのまま残っているお城のこと。
そこには戦に備えた工夫が随所に凝らしてあります。どうして何のためにそういう造りになっているのかを知れば、お城を見ることが断然面白くなること間違いなし。
「現存天守」に見るお城の造りを、戦時の視点からご紹介していきます。

「現存天守」12のお城

「現存天守」12のお城
地図を見る

昔のまま天守が残っている「現存天守」のお城は実は12城しかありません。ほとんどが江戸時代や明治時代に取り壊されたり、太平洋戦争などで焼失してしまいました。
その12城は以下の通り。

弘前城(青森県)、松本城(長野県)、犬山城(愛知県)、丸岡城(福井県)、彦根城(滋賀県)、姫路城(兵庫県)、備中松山城(岡山県)、松江城(島根県)、丸亀城(香川県)、松山城、宇和島城(愛媛県)、高知城(高知県)

これらの天守は、当然戦が起こった時のことを想定して建てられているので、戦に対する備えが随所に施されています。そこに隠されている昔の人の知恵には驚くばかり。
また、見た目の層と、実際の階数が異なっていることもあります。

※上の写真は松本城

お城の好立地は、攻めるに難く、守るに易い場所

お城の好立地は、攻めるに難く、守るに易い場所
地図を見る

戦国時代、攻めにくく守りやすい位置にお城は造られました。特に小高い山や丘の上で、その横に大河や急流があるところは打ってつけの場所。
守る方は高い所から見るので敵の様子がよくわかります。攻める方はと言えば、川があったり崖になっている場所はなかなか攻められません。その為攻める場所が限られるので、守る方は重点を置く場所を絞ることができます。

今現在お城のある場所は、当時と比べて様々な理由から地形が変わったり、お城の規模も当初よりだいぶ小さくなっているかもしれません。それでもお城の周囲を見てみると、天然の要害である場所が多いと思います。
但し、戦国末期や江戸時代に建てられたお城は、戦の可能性が少ないため利便性を考えて造られたケースも。

※上の写真は丸亀城。崖の上に建ち石垣が見えるのみで天守は見えません。

天守になかなか辿り着けない!戦に備えた造りの道

天守になかなか辿り着けない!戦に備えた造りの道
地図を見る

お城にはいくつかの門があります。中には天守に続くように見えても、実際には天守へは行くことができず、兵が待機しているところへと出てしまう門が…。こういった門を「違い門」と言います。

天守へと続く階段、登るときに「なんか歩きにくい」と思ったことはないでしょうか。それは登るときに中途半端で、降りる時にちょうどいい幅になっているのです。これも攻めにくくする工夫のひとつ。
また基本的に道幅は広くなく、大勢が一度に並んで歩けないような幅になっています。上の写真のような道幅で槍や刀を振り回したら、せいぜい一人か二人しか並ぶことはできません。

お城の出入り口を「虎口(こぐち)」と言いますが、虎口の内側や外側に「枡形」と呼ばれる四角く何もない空間が造られていることがあります。これはまさしく戦への備え。この枡形があることにより、枡形の城側と外側に門を作ることができ、戦時にはここで敵を囲み、門や土塀の四方から矢や鉄砲を射かければ…袋の鼠とはまさにこのこと。

※上の写真は姫路城の階段と土塀に造られた矢狭間・鉄砲狭間。

矢狭間(やざま)・鉄砲狭間(てっぽうざま)

矢狭間(やざま)・鉄砲狭間(てっぽうざま)
地図を見る

お城の土塀や天守の壁に、丸や四角、三角の形をした穴が開いている場合があります。それは矢や鉄砲を射るための穴で、矢狭間・鉄砲狭間と呼ばれるもの。穴の内側が狭く、外側が広い造りになっています。これは「アガキ」と呼ばれる技法で、外の敵が見やすいのに攻撃を受けにくいのが利点。

※上の写真は彦根城天守の鉄砲狭間。通常は板をかぶせ外からわからないようにしてあります。

敵の様子をうかがうには「武者窓」から

敵の様子をうかがうには「武者窓」から
地図を見る

天守の窓で「武者窓」と呼ばれる、窓に竪格子が付いているものがあります。その竪格子は外から見ると平面の板に見えますが、実は三角形。とんがっている方が内側にあるため、中から外の様子は良く見え、外から見ると中があまり見えにくい構造になっているのです。実際に天守に登ったら外を覗いてみてください。想像以上に視界が広いです。

※上の写真は備中松山城。武者窓が多く見られます。

「石落とし」と「忍び返し」

「石落とし」と「忍び返し」
地図を見る

天守や櫓で1層目が石垣から外にせり出している「張出(はりだし)」部分には、戦に備えて「石落とし」の仕掛け。穴が開いていて、普段は板で塞いであります。
石垣を登り天守に侵入しようとした敵がいたら、その穴から石を落したり、鉄砲を射かけたり、槍で突き刺したり…。
敵を石垣から落とすことができる、防御の上で必要不可欠な仕掛けです。

忍び返しは文字通り忍んで来たもの(侵入者)を追い返す役目を果たしています。竹を削ったものや槍の穂先ような先のとがったものが土塀の上に付けられていたり、天守のねずみ返しのように付いていて、せっかく石垣を登っても頭をぶつけてしまうようなものも。

※上の写真は弘前城。石垣から天守がせり出している部分が「石落とし」となっているところ。

万が一天守に侵入されそうになった時の付櫓(つけやぐら)

万が一天守に侵入されそうになった時の付櫓(つけやぐら)
地図を見る

付櫓は天守の入り口の脇につけられている櫓で、万が一天守に侵入されそうになったとき、横から攻撃することが可能。

また天守内には「武者隠しの間」や「武者溜り」といった、いざと言う時に伏兵しておくための部屋が設けられています。

※上の写真は犬山城の天守入口と付櫓

現代人にはツライ?天守の急な階段

現代人にはツライ?天守の急な階段
地図を見る

現存天守で現代人泣かせなのが、天守にある階段。階段の位置は階ごとに異なる位置に造られていて、どの階段も狭くて急な、歩きにくい階段。手すりに捕まらないと登るのも降りるのも大変。これでは天守まで攻め入っても、階段の上で待ち構えていた敵兵に打ち取られてしまいます。

また柱や梁にも注目してください。さすがにお城だけあって、現代の建築物には見ることのできないような、太くて立派な木が使われています。

※上の写真は姫路城「にの門」の梁。

火災除けのしゃちほこ

火災除けのしゃちほこ
地図を見る

しゃちほこと言えば名古屋城の金のしゃちほこが有名ですが、これは装飾の他に「火災除け」の意味があるのを御存知でしたか?
しゃちほこは頭が虎で体が魚、背中には鋭いとげを持つ伝説上の霊獣。大海の水を飲み干すと言われ、火災が起きたらその水を吐き出して消火するとか…。そのため「火災除け」としてお城の屋根に付けられています。

※上の写真は高知城のしゃちほこ

天守最上階からの眺望

天守最上階からの眺望
地図を見る

眺望が良いのもお城の条件。今のようにネットや電話などがない時代。何らかの情報の手掛かりになったり、緊急時には狼煙(のろし)を使って急を告げる場合もあり、今のように景色を眺めるだけではありませんでした。
しかし現在では遠くまで見渡すことができる絶好のビュースポット。せっかくなので階段が大変でも最上階まで行き、眺望を楽しみましょう。

天守の最上階まで行ったら、天井を見上げてみてください。お城をずっと守ってきた、小さな神様がお祀りされている場合があります。

※狼煙とは火を起こし煙をあげることで、離れたところからでも確認することができる連絡手段。
※上の写真は松山城天守からの眺望。街並みとはるか遠くの山まで見渡せます。

まとめ

お城の面白さは伝わりましたでしょうか。昭和に入ってから立て直されたお城の中には、外観だけお城の姿で中は郷土資料館といった場合も…。それだとお城の面白さはなかなかわかりません。
「お城ってよくわからない」という方こそ、まず現存天守のお城を見て、その面白さを知っていただけたらと思います。

掲載内容は執筆時点のものです。

- 広告 -

旅行プランをさがそう!

このスポットに行きたい!と思ったらトラベルjpでまとめて検索!

条件を指定して検索

- PR -

この記事に関するお問い合わせ

- 広告 -