西郷さんと温泉Vol.7〜指宿温泉編「二月田(にがつでん)温泉殿様湯」〜

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西郷さんと温泉Vol.7〜指宿温泉編「二月田(にがつでん)温泉殿様湯」〜

西郷さんと温泉Vol.7〜指宿温泉編「二月田(にがつでん)温泉殿様湯」〜

更新日:2012/12/20 11:58

六三四のプロフィール写真 六三四 日本旅のペンクラブ会員、3つ星温泉ソムリエ、温泉フリーライター

明治の偉人でこれほど温泉地に行った人は他にいないでしょう。
そんな数ある西郷さんゆかりの温泉地の中から!第7弾は指宿温泉!

県内各地の温泉を訪れている西郷さん。
“温泉通”が鹿児島温泉の王道とも言える指宿温泉に行かないわけがない!
と歴史を調べるとやっぱりありました(笑)

そして、この指宿温泉訪問は西郷さんの温泉訪問では珍しいエピソードがあったんです。

ビンテきた!指宿温泉に行ッド!

写真:六三四

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西郷さんが指宿温泉を訪れたのは文久2年(1862年)2月。
同年2月11日、奄美大島での謫居(※)が解かれ鹿児島に帰ったきた西郷さん。
同月14日に藩主島津久光公が考えていた挙兵上京計画に猛烈に異を唱えましたがその言葉は聞き入られず、その場をあとにし指宿温泉に向かったと「大西郷全傳」などに記述が残っています。

これは明らかに西郷さんのサボタージュで「ビンテきた(頭にきた)」と言ったかどうかはわかりませんが西郷さんと温泉を語る上でなかなかユニークなエピソードです。

指宿温泉で西郷さんの逸話や口伝は残っているのですが史実に基づく資料を見つける事はできず、具体的にどこの温泉に行ったかはわかりません。

※「謫居」(たっきょ)
一般に西郷さんは2度の島流しにあったと言われていますが1回目の奄美大島行きは『安政の大獄』で西郷さんに幕府から捕縛命令が出ており薩摩藩が幕府から匿うために行ったものでした。

藩主代々の温泉行館

写真:六三四

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指宿の温泉銭湯で個人的に好きな温泉がココ。
「二月田温泉殿様湯」

薩摩藩第27代藩主島津斉興公が創設された別荘跡に残る公衆浴場。
文政10年(1828年)斉興公が湯殿を造り、天保2年(1831年)弥次ヶ湯より長井温泉行館を移設、当時は30余棟の館と豪華な湯殿を備え島津藩主代々の行館として俗に「殿様湯」と呼ばれたと伝えられています。

「二月田温泉殿様湯」の石碑や代々藩主の名を記した看板、島津家の家紋である丸に十の字の紋の暖簾がかけられた浴舎の裏にはかつての浴場跡や湯権現(ともに指宿市指定文化財)が保存されています。

丸に十の字の浴槽、お殿様気分を味わえる!

写真:六三四

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現在の浴室はタイル貼りでいたってシンプルな造りですが2段式浴槽には「丸に十の字」島津家の家紋入り。生粋の薩摩人の筆者も初めての訪問の際は何とも言えぬ緊張感がありました。もちろん今では普通に入っています(笑)

筆者がよくやるのが家紋を背にして長辺方向に足を伸ばす。
当然、お客さんが誰も入っていない時に限りますが、殿様気分を味わえる至極の瞬間です。

地元常連さんに合わせましょう!

写真:六三四

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源泉温度は56.3℃で湯は2段式浴槽上部に一度貯められ下部の浴槽に注がれています。加水用の蛇口もあるので湯温調整も可能ですが常連さんがいるときはガマン、ガマン。
常連さんが水道の蛇口をひねるのをひたすら待ちましょう(笑)

少し青みがかった湯はナトリウム-塩化物泉。口に含むと弱い塩分と渋みも感じます。湯上りは塩化物泉らしく保温効果が持続してポカポカと心地よいです。

敷地内には飲泉場もあります。

二月田温泉殿様湯

西郷さんゆかりの温泉地「指宿温泉」。
砂むし温泉もいいですが街の共同浴場も魅力いっぱい!
西郷さんの逸話も聞けるかもしれませんよ。

【温泉名】二月田温泉
【住 所】鹿児島県指宿市西方二月田1408-27
【電 話】0993-22-2827
【泉 質】ナトリウム-塩化物泉
【適応症】きり傷,慢性皮膚病,慢性婦人病など
【立寄湯】¥300
【時 間】7:00〜21:00
【定休日】第2・第4金曜日

写真:六三四

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掲載内容は執筆時点のものです。 2012/11/22 訪問

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