写真:すがた もえ子
地図を見る海の無い喜多方市塩川町に、八尾比丘尼が開いたと伝わるお寺「金川寺(きんせんじ)」があります。
“美と長寿を願う八尾比丘尼尊”として、毎年5月2日に大祭が執り行われ、地元の人々に厚く信仰されており、境内には八尾比丘尼をお奉りする「比丘尼堂(びくにどう)」があり、八尾比丘尼の像がおさめられています。
ご本尊は普段の日は一般公開されていませんが、5月2日の大祭の日にはご本尊の姿とともに、八尾比丘尼が身に着けていたと伝わる袈裟(けさ)などの品々も公開されます。
昔は旧歴の8月1日にも大祭が執り行われていたそうですが、町の人々の高齢化が進み、現在は年に一度になったのだという事です。
写真:すがた もえ子
地図を見る文武天皇に使えていた秦の勝道(はたのかつどう)は、他の家臣の妬みを買い、京の都から磐梯山麓の更科の里に流されてしまいます。
その地の村長の娘との間に生まれたのが千代姫という女の子です。
ある日父の勝道が庚申講に加わると、宴の肴として『竜宮でも珍しい九穴(くけつ)の貝』という物を出されますが、勝道はこれを食べずに懐に入れて持ち帰ります。
父が持ち帰った貝を千代姫が食べてしまい、800歳生きる八尾比丘尼となって全国を旅し、人々の平和と安泰を祈ったと伝わっています。
八尾比丘尼伝説では、比丘尼が食べたと伝わるものが「人魚」のほかに、「貝」と言われるものがあり、この金川寺に伝わるのは貝の伝説です。
(写真は大祭に公開される八尾比丘尼ゆかりの品々。一番下に並んだ丸い物が貝殻で、左端が九穴の貝と伝わっている)
写真:すがた もえ子
地図を見る毎年5月2日の大祭で御開帳される八尾比丘尼像は、「八百歳の誠のこころに残し置く 誓を結べ後の世の人」と唱えながらお参りすると、福寿長久で願いがかなうと言われ、“コロリと死ぬより美を保ちながら寿命を終える事が真(まこと)の人生である”と信じられて来ました。
八尾比丘尼伝説は日本全国に120以上の伝説地がありますが、御堂とご本尊を祀っているのはそのなかでもたった2か所しかありません。
ここ金川寺はそのうちの1か所です。
金川寺で拝見できるのは不思議ないわれを持ち、地元の人々に愛される八尾比丘尼像だけではありません。
福島県重要文化財「木造聖徳太子立像」と喜多方市指定文化財「木造地蔵菩薩立像」も寺宝として展示されており、こちらは年間を通して一般公開されています。
この他にも豊臣秀吉から八尾比丘尼にあてて送られたと伝えられる書状の写しなども展示されています。
写真:すがた もえ子
地図を見る九穴の貝(または人魚の肉)を食べ、八百歳まで生きたと伝わる八尾比丘尼の伝説。
ここ金川寺に伝わる伝説では、八尾比丘尼の父親の名前や比丘尼自身の名前、父親が招待された家の様子や招いた老人の詳細やなど、かなり事細かく記された古文書が残されているのが特徴的です。
タイミングが合えば、話好きなご住職から直接八尾比丘尼伝説についてのお話を聞くこともできます。
また八尾比丘尼像の御姿が写された絵葉書や、八尾比丘尼のキャラクターが描かれたハンカチなど、八尾比丘尼に関するお土産も購入することができます。
ぜひ5月2日の大祭に合わせて、喜多方市塩川の金川寺を訪ねてみてはいかがでしょうか。
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(2024/3/28更新)
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