京都〜清盛の供養塔がある六波羅蜜寺

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京都〜清盛の供養塔がある六波羅蜜寺

京都〜清盛の供養塔がある六波羅蜜寺

更新日:2012/12/20 15:02

平安時代、清水五条駅から七条駅までのあたりは六波羅(ろくはら)と呼ばれ
平家一門の邸宅が5200ほど軒を連ね、3万人以上もの人が住んでいたそうです。
清盛の娘、徳子が安徳天皇を出産したのもここ、六波羅の地でした。

六波羅蜜寺

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平家一族と密接な関係を持つ六波羅蜜寺。
951年、醍醐天皇の第2皇子である空也上人によって建てられました。
空也はご本尊の十一面観音菩薩を車に積んで街をまわり
疫病で苦しんでいる人々に昆布と梅を入れたお茶を配って助けました。
京都では今でもお正月に昆布と梅の入った「大福茶」を飲む風習があるそうです。

平清盛坐像と空也上人立像

どちらも教科書で見たことあるある!な有名な仏像ですね。
清盛像は、まだやり残したことがあると言わんばかりの鋭い眼力が印象的でした。
大河ドラマで清盛役を演じている松山ケンイチさんもここを訪れたことがあるそうですよ。

空也像は、何じゃコリャ?と最初は誰もが思うはず(笑)
口からぴろろ〜んと出ている6体の仏様はそれぞれ
「南無阿弥陀仏」を表していて、運慶の4男の康勝の作だそうです。

平清盛の供養塔

清盛は養和元年(1181年)2月4日に熱病で亡くなりました。64歳でした。
体は燃えるように熱く、水をかけてもすぐに蒸発して炎となって煙をあげたとか。
南都焼討で大仏を焼いた罰、タタリだという人もいたそうです。
頼朝の首を墓前に供えることが俺への1番の供養だと遺言を残した話も有名ですね。

本堂の横にひっそりと供養塔が立っていますが、これはお墓ではありません。
清盛のお墓は、実はちゃんとわかってないのです。。。

石箱

境内には願い事を書いた石を奉納する石箱がありました。
皆さん、いろいろな願いを石に込めていましたよ。
油性マジックなどを持って行くといいかもしれません。

牛若と弁慶像

六波羅蜜寺近くを流れる鴨川に架かる五条大橋のたもとにあります。
ころんころんした可愛らしい牛若と弁慶ですね。
当時の五条大橋は実はこの場所ではなく、2筋上流の現在の松原橋のあたりにあったそうです。
平清盛に命を助けられた牛若は後に源義経となり、平家はこの義経により滅ぼされてしまうのです。
なんという運命のいたずら。無念…

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掲載内容は執筆時点のものです。 2012/09/14 訪問

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