2013年の大河ドラマ「八重の桜」のロケ地めぐり、会津を楽しもう!

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2013年の大河ドラマ「八重の桜」のロケ地めぐり、会津を楽しもう!

2013年の大河ドラマ「八重の桜」のロケ地めぐり、会津を楽しもう!

更新日:2012/12/06 11:45

つかさ あおいのプロフィール写真 トラベルjpナビゲーター つかさ あおい 観光士、総合旅程管理主任者

2013年1月から始まるNHK大河ドラマ「八重の桜」は「幕末のジャンヌダルク」新島八重(にいじまやえ)を主人公に、時代を駆け抜けた人生をドラマ化したものです。(主演:綾瀬はるかさん、出演:西島秀俊さん、西田敏行さん他)ドラマ前半の舞台となる福島県会津若松市はドラマロケが本格化、たくさんの方で賑わいを見せています。きょうはひと足早く「八重の桜」ロケ地、会津の魅力をみなさまにご紹介します!

時代は幕末から明治にかけて、ドラマ前半の舞台は福島県会津若松市

写真:つかさ あおい

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NHK大河ドラマ「八重の桜」は、2013年1月6日(日)スタート(全50回予定)で、新島八重の幼少時から戊辰戦争時までの舞台が会津若松市になります。

現在、ドラマ前半部分の撮影が本格化。娘時代の新島八重(綾瀬はるかさん)や兄の山本覚馬(西島秀俊さん)など豪華キャストが撮影を開始していて地元では大いに盛り上がりをみせています!

★みどころ★鶴ヶ城

会津は戦国時代に名だたる戦国大名・勇将が相次いで治めた歴史があります。独眼流で知られる伊達政宗(だてまさむね)、「天下人」と目された蒲生氏郷(がもううじさと)、関ヶ原の五大老上杉景勝(うえすぎかげかつ)など、武人たちが築いた広大な縄張りは東日本一の規模を誇っていました。

※戊辰戦争降伏後(明治7年)に陸軍省の命により廃城(取壊し)になりましたが、
その後昭和9年に国から史跡として指定を受け昭和40年に鶴ヶ城を復元。平成23年3月には黒瓦から戊辰戦争当時の「赤瓦」の天守閣に葺き替えられました。

■史跡若松城址 鶴ヶ城
住所:福島県会津若松市追手町1-1 
お問合せ先:0242-27-4005(一般財団法人 会津若松市観光公社)

八重の生誕地は鶴ヶ城の西出丸からすぐ!

八重は会津藩の砲術師範、山本権八・佐久夫妻の子として誕生します。

山本家は武田信玄の軍師であった山本勘助につながる由緒ある家柄で、父や兄から砲術を習った八重は、白虎隊の伊東悌次郎(ていじろう)ら少年達に銃の操作を指南する程の腕前だったということです。

生家は戊辰戦争で焼失しましたが、その場所には現在「生誕の碑」が建てられています。鶴ヶ城の西出丸から440mという近い場所に育った彼女の故郷に対する気持ちや思いが、この場所を訪れると理解出来るような、そんな気がしますよ。

★ゆかりの地★山本(新島)八重生誕碑
(山本家)会津若松鶴ヶ城郭内米代四ノ丁
 ※現在の住所は、福島県会津若松市米代2丁目
 ※住宅街にありますので見学の際は騒音などにご注意を。

■お問合せ先:0242-39-1256(会津若松市観光商工部八重の桜プロジェクト対策室)

写真:つかさ あおい

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★ゆかりの地★會津藩校日新館

八重は、幼少時から会津藩の指針「什(じゅう)の掟」(ならぬことはならぬもの)という武士道精神と洋式砲術の操作法を兄覚馬から学び、「裁縫」よりも「鉄砲」に興味を示す男まさりな性格に育ちます。「ならぬことはならぬものです」は、大河ドラマでも八重を表すキーワードになりそうです。

★ゆかりの地★會津藩校日新館
会津は昔から教育に熱心な土地で、「日新館の教育目標は、人材の育成」という方針のもと、10歳以上の上級藩士の子弟は全員入学が義務付けられ、礼法・書学・武術などを学びます。
また6歳から9歳までは「什(じゅう)」という地域グループを作り「ならぬことはならぬもの」という理屈ではない強い教えを学びます。

「什の掟」
一、年長者(年上の人)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです。

※「国家の品格」(新潮新書:藤原正彦著)や小学校の教科書にも紹介されています!

■會津藩校 日新館
住所:福島県会津若松市河東町南高野字高塚山10
お問合せ先:0242-75-2525
開館時間:午前9時〜午後4時(年中無休)
入場料金:
    一般料金 団体料金(25名以上)
大人   600円  500円
中・高生 500円  400円
小学生  450円  350円

写真:つかさ あおい

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★ゆかりの地★「白虎隊」自刃の地、飯盛山

会津の歴史を語る上で代表的な場所といえば「白虎隊」自刃の地、飯盛山です。
八重は、山本家を訪れてくる白虎隊の隊士の何人かに銃の操作方法を当時教えているという記録があり、飯盛山で自刃した伊東悌次郎(ていじろう)は隣人で、機(はた)を織りながらゲーベル銃を貸して操縦を教えた、という逸話もあります。

★ゆかりの地★飯盛山(いいもりやま)

戊辰戦争時、白虎隊は新政府軍と旧幕府軍(会津藩)の猪苗代(戸ノ口原)の戦いで退却、少年20名は怪我を追いながら5qの山道を敗走し飯盛山に落ちのびます。命からがら飯盛山へ到着すると、鶴ヶ城が落城している(実際は周辺の武家屋敷が燃えているのを落城したと錯覚した)のを目の当たりにし隊士全員自刃してしまいます。
※1名が蘇生し、白虎隊の悲話が世に知れ渡ります。資料は飯盛山中腹の「白虎隊記念館」に収められています。

幼いころから学んだ「藩への忠誠」を守り、最後まで「会津の武士」であろうとした悲劇の実話はTVドラマなどでも度々取り上げられ、多くの観光客が今も墓前に手を合わせに訪れています。

■飯盛山
住所:福島県会津若松市一箕町八幡
お問合せ先:0242-39-1251 (会津若松市観光課)

写真:つかさ あおい

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掲載内容は執筆時点のものです。

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