JR古河駅西口から旧日光街道を南方向に歩き、古河の歴史を知るために古河歴史博物館に向かいます。博物館は旧古河城出城跡地に建てられ、展示物は、古河藩家老の蘭学者「鷹見泉石と洋学」、縄文時代には東京湾入り込んでいた貝塚を初めとする「古河の歴史」、南画家の奥原晴湖を始めとする古河ゆかりの文化人が展示されている「古河の文化人」の3つの展示があります。
出城跡の樹木と堀に囲まれた趣のある小路は、鷹見泉石記念館や、奥原晴湖画室、古河文学館へと続きます。
旧日光街道から、歴史博物館に向かう途中に「肴町通り」があります。肴町とは、川魚を扱う商人がいた職業名の町名で、古河城への食糧調達の道でもありました。大名の使者を応接する役所の古河藩使者取次所跡には、お米屋さんの「米銀」があります。店内はお米の販売面積より、お醤油や、お塩、お味噌などの調味料、キュウリやセロリ、大根のお漬物、そして広島産カキフライや鳥唐とチーズの重ね焼き、旬のタケノコご飯などの沢山のお惣菜、お弁当が売り場のほとんどを占めています。お店の左側にはイートインのスペースもあり、買ったお弁当を食べることもできます。
米銀は初代銀蔵さんが、文政年間に創業。約190年の歴史があります。ご飯は少農薬で育てられた山形県産コシヒカリと茨城県産のミルキークィーンをお弁当に最適となるように配合されたものです。また、お惣菜はできるだけ添加物を使用しないこだわりを徹底しています。店先の焼きおにぎりはお醤油を丹念に塗り仕上げられ、素材の味を生かすものです。
残念ながら毎日焼いていません。ご主人自ら焼くおにぎりに、出会ったらぜひ頬張ってみてはいかがでしょうか。
素材本来の味を生かす「焼きおにぎり」は古河観光の隠れた「グルメ」です。
明応二年、足利利成氏公により、古河城の鬼門の地に鬼門除けとして建立された古河長谷観音は、鎌倉の長谷寺より勧請され、「安産」「虫封じ」「開運、厄除け」などにご利益があると言われています。
ご本尊の長谷観音菩薩様は、大和・鎌倉・古河の三か所にあり、一本の楠によって彫れた(大和は元木、鎌倉は中木、古河は末木)ことから「日本三大長谷観音」とも呼ばれています。菩薩様は十一面観音立像で左手は水瓶を持ち右手は下に伸ばし手のひらを向けています。参拝場所から御丈を測ることはできませんが、六尺八寸一分(約2m)もの御丈があります。
古河駅からは少し離れていますが、3月中旬から4月上旬には矢口、源平、菊桃など、2,000本の桃の花が咲く古河総合公園があります。正面入り口には御所沼があり、その左側には古河公方館跡、建築年度は延宝2年と推定されている旧山中家住宅や、曲り家形式の農家の中では最も古いとされている旧飛田家住宅が残されています。また、桃のほかに、2月上旬から3月上旬にかけては梅、6月初旬には花菖蒲、10月下旬から11月下旬には紅葉を見ることができます。
古河にはこのほかに、歴史作家・永井路子の作品を中心に展示する「文学館」や、古河ゆかりの作家を展示する「街角美術館」などもあります。「都心に近すぎて誰もが注目しない歴史の街」というイメージの古河ですが、わざわざ訪れるだけの魅力がたくさんあります。
首都圏から近い歴史の街・古河。次の休日に行ってみてはどうでしょうか。
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