提供元:TOURISME NEUCHÂTELOIS
http://www.neuchateltourisme.chラ・ショー=ド=フォンはスイスのヌー・シャテル州にあるフランス語圏の町です。ジュラ山脈の麓にあるひっそりとした町で時計産業が盛んな都市としてよく知られています。世界有数の国際時計博物館や、日本でも大変人気の高いタグ・ホイヤー等の本社があるんです!
もう一つのこの町の大きな特徴は、町の作りが碁盤の目のように美しく並んでいる所にあります。18世紀末期に起きた大火災により、ほとんど焼けてしまったこの町を時計産業に携わる人々のニーズに応えて都市計画を進め再建した結果です。
またル・コルビュジエ以外にも、詩人、作家、旅行家のブレーズ・サンドラール、車メーカー、シボレーのルイ・シボレー等の著名人の生まれ故郷でもあります。
ジャンヌレ=ペレ邸へのアクセスはラ・ショー=ド=フォン鉄道駅より少々離れた丘の上に立っています。世界時計博物館に立ち寄ったり縦横整然と並んだアールヌーヴォーの家並みを見ながら歩いても行けないことはありませんが、距離があります。一番手っ取り早いアクセス方法は、駅前から出ている203番または210番バスを利用することです。丘の麓にある動物園前のBois du Petit-Chateauバス停で下車し、徒歩約10分です。
バス停を降りると、至る所にジャンヌレ=ペレ邸への道標が立っています。ただし!愛称であるメゾン・ブランシュ(白い家)の名でているので注意して下さい。あとはその標識をたどって行けば到着です!
緩やかな坂道を登る道のりは動物園を通り過ぎるとずっとこのような長閑な景色が続きます。
ようやく到着です!森に入る手前の素晴らしい環境にこのジャンヌレ=ペレ邸は立っています。愛称であるメゾン・ブランシュ(白い家)そのままの姿で眩しいぐらいです。
このジャンヌレ=ペレ邸はル・コルビュジエが独立した後、1912年に初めて一人で手がけた建築作品として知られています。彼独特のピュリスム建築が確立される前に多く手がけていた昔ならではのシャレースタイルから脱した新たな一歩を踏み出した作品でもあります。
両親のために建てたのですが、家庭の事情によりのちに他の人の手に渡ります。その後もずっとプライベートの住宅として使用されていましたが2005年より週末の土曜日と日曜日に一般公開されるに至りました。
この建物のアイデアは1911年にル・コルビュジエが旅をして回った東欧・ギリシア・トルコからの影響が多く反映されており、写真に見られるサロンや、庭園、廊下など、後のピュリスム建築様式を示唆するものだと言われています。
特にこの開口の広い連続した窓は、後に生まれるル・コルビュジエの5原則の1つ「水平連続窓」を彷彿させます。初期作品であるこのジャンヌレ=ペレ邸にはこのように将来大きく建築業界を揺さぶる彼の様式がふんだんに詰め込まれているのです。両親のために建てた家なので自由な発想で築いたのでしょう。
*5原則とは?
ル・コルビュジエによって提唱された、下記の建築における5つの要点を表します。
1.ピロティ(フランス語で「杭」を意味する。)
2.屋上庭園
3.自由な平面構成
4.水平連続窓
5.自由なファサード
こちらはジャンヌレ・ペレ邸からほど近い場所に立っている、1906年にルネ・シャパラと共同設計したル・コルビュジエの処女作「ルイ・ファレ邸」です。この邸宅は残念ながら外観のみの見物になります。
全てはお見せできませんでしたが、お楽しみは実物のジャンヌレ=ペレ邸へ足を運んでぜひその目で確かめて下さい!日本語の解説ももらえます。ただし!公開しているのが土日のみなのでその点だけを注意して下さい。詳細は掲載しているジャンヌレ=ペレ邸の公式ホームページをご参照ください。
スイスが誇る近代建築家、ル・コルビジュエがどのような軌跡を辿ってきたかを知ることができる素敵な街です。他にもそのほとんどが外観のみの見物になりますが、数多くの彼の初期作品があるので楽しんで見て下さい。
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(2024/4/19更新)
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