日本三大仏!?兵庫大仏がある清盛ゆかりの地「能福寺」

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日本三大仏!?兵庫大仏がある清盛ゆかりの地「能福寺」

日本三大仏!?兵庫大仏がある清盛ゆかりの地「能福寺」

更新日:2017/09/03 18:48

Masahiro Tokitoのプロフィール写真 Masahiro Tokito 旅好きブロガー

かつて日本において栄華を極めた平家の棟梁・平清盛。彼は都を京都から神戸へ移すべく動き、神戸に「福原京」を造りました。そして、今なお神戸には清盛ゆかりの地が残っています。その中のひとつがここ能福寺。さらにここには奈良、鎌倉の大仏に続く大仏さま「兵庫大佛」が鎮座されています。今回はその見所満載の「能福寺」をご紹介します。

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能福寺

能福寺

写真:Masahiro Tokito

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保元の乱・平治の乱で活躍し、武士としては初めて貴族や公家を抑えて「太政大臣」に任じられた平家の棟梁・平清盛。彼は日宋貿易によって財政基盤の開拓し、宋銭を日本国内で流通させることで通貨経済の基礎を築いた人物です。現在の貨幣があるのは彼のおかげとも言えます。

そして、富と名声を手に入れた清盛は平家による武士の都を造るため、現在の神戸に「福原京」を造り都を京都から遷都させました。ここ、能福寺は平家一門の祈願寺に定められたことで、大伽藍が建設され大いに栄えました。その後兵火で七堂伽藍全てを焼失してしまいますが、1599年(慶長3年)に長盛法印が再興したと伝えられます。現在は福原京史跡として健在です。

兵庫大仏

兵庫大仏

写真:Masahiro Tokito

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入り口に堂々と掲げられている「兵庫大佛」の文字が目に飛び込んできます。1891年に豪商・南条荘兵衛の寄進により大仏が建立されました。兵庫大佛は、1944年に金属類回収令で国に供出されるまで日本三大大仏の一つに数えられたほどの大きな大佛様でした。そして現在の大佛は1991年に再建された二代目になります。

兵庫大仏

写真:Masahiro Tokito

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こちらがその現在の二代目兵庫大佛です。毘廬舎那仏像で、像重量約60t、像高11m、蓮台と台座を含めると高さ18mになる巨大な坐像。大佛様は大きさが全てではありませんが、奈良大仏は14.98m、鎌倉大仏は11.35m。日本三大仏として、その大きさは申し分ないです。

兵庫大仏

写真:Masahiro Tokito

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兵庫大佛は「一願成就の大佛様」としても知られています。一切の怨念と欲心を捨て、清らかな謙虚な心をもって一心にお祈りすれば願いを叶えてくださるそうです。仏様に祈る以上は清らかな心でお願いするのが礼儀とも言えます。少しふっくらとした優しそうな表情をされている兵庫大佛様なら、温かく包んでくれそうな気さえしてきます。

平相國廟

平相國廟

写真:Masahiro Tokito

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そして冒頭でも触れた平清盛。こちらは昭和55年、清盛没後800年を記念し、平家物語にある平相國廟を復元したものになります。ちなみに、平相国というのは太政大臣の唐名です。

平相國廟

写真:Masahiro Tokito

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なぜここ、能福寺に清盛の墓があるのかというと、平清盛が出家し髪を剃ったのが能福寺だからなのです。そんな関係性もあり平家一門の祈願寺に定められました。

1181年平清盛は熱病に倒れ、京都で亡くなります。その際、能福寺の初代住職・円実法眼は、遺言に従って清盛の遺骨を持ち帰ったと伝えられていますが、遺骨の行方については諸説あります。

大河ドラマ「平清盛」の際には、清盛を演じた俳優の松山ケンイチさんもお墓詣りにいらしたのだとか。

おわりに

兵庫大佛に平清盛のお墓と、見所豊富な能福寺はいかがでしたでしょうか。今ではオシャレな建物や観光地もたくさんある神戸は、平安時代の歴史も残っている素敵な街だったりもします。歴史探索をしながら観光するのもおすすめです。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/12/01 訪問

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