朝ドラ「花子とアン」で注目!飯塚市「旧伊藤伝右衛門邸」

朝ドラ「花子とアン」で注目!飯塚市「旧伊藤伝右衛門邸」

更新日:2017/09/01 15:14

福岡県飯塚市の「旧伊藤伝右衛門邸」は、筑豊の炭鉱王として名をはせた伊藤伝右衛門が、明治時代末に建てた豪邸です。その後、数度の増改築をくり返しながら現在に至り、広大な庭園とともに一般に公開されています。吉高由里子主演のNHK朝ドラ「花子とアン」で仲間由紀恵が演じた白蓮が嫁いだ場所としても知られています。それでは随所に見どころが満載の豪邸「旧伊藤伝右衛門邸」をご紹介しましょう。

筑豊の炭鉱王「伊藤伝右衛門」が明治時代末に建てた豪邸

筑豊の炭鉱王「伊藤伝右衛門」が明治時代末に建てた豪邸
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福岡市からバスやJRで1時間弱の飯塚市幸袋に「旧伊藤伝右衛門邸」はあります。明治時代末に伊藤伝右衛門が建てた近代和風建築物です。大正、昭和初期に増改築されましたが、約2300坪の広大な敷地に、建物延べ床面積約310坪の豪邸は2007年から一般に公開されました。
近年、NHKの朝ドラ「花子とアン」でも、仲間由紀恵演じる白蓮が吉田鋼太郎演じる伊藤伝右衛門(ドラマでは嘉納伝助)に嫁ぎ、暮らした場所として再注目されました。

筑豊の炭鉱王「伊藤伝右衛門」が明治時代末に建てた豪邸
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伊藤伝右衛門は白蓮のために邸宅の大改修を行い、玄関も白蓮が上がりやすいようにと上がり框を低くするなどの工夫を施しました。
炭鉱事業の成功により一代で財を成して裕福ではあったものの、地方在住の伊藤伝右衛門にとって、大正天皇の従妹で華族である白蓮を迎え入れることは大変な出来事であったでしょう。そのことは伊藤伝右衛門にとって大変な誉れであるとともに、大きなプレッシャーもあったのではないかと想像できますね。

2000坪を超える広大な回遊式庭園は国の名勝に指定

2000坪を超える広大な回遊式庭園は国の名勝に指定
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広大な庭園は、導入部の馬車廻しを中心とする表庭、中庭、主庭の3つの部分から構成されています。さまざまな景色を楽しめる回遊式庭園で、主庭は水の流れや池泉の背後に緩やかに盛り上がる築山などから成っています。また、この庭園は邸内からの展望を意図して造られており、主屋も庭の景観の一部と見てとれる美しい庭園です。

2000坪を超える広大な回遊式庭園は国の名勝に指定
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庭園も公開されてますので歩いて鑑賞ができます。四季折々の花や紅葉が楽しめます。庭園から見る邸宅は、その豪勢さがさらに際立ちます。

邸内は想像をはるかに超える広さで部屋数25の贅を尽くした邸内

邸内は想像をはるかに超える広さで部屋数25の贅を尽くした邸内
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旧伊藤伝右衛門邸は、外から見るよりも中に入った方が広さを感じ、その広さに驚かされます。部屋数は25部屋の豪邸です。玄関から入ると、最初に洋間の応接室があります。アールヌーヴォー調のマントルピース、ひし形のステンドグラスなど、和洋折衷の調和のとれた美しさがあります。

邸内は想像をはるかに超える広さで部屋数25の贅を尽くした邸内
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本座敷は大宴会ができるように広大な部屋になっています。また、襖(ふすま)には海の絵が描かれ、襖(ふすま)を閉めると海に囲まれるといった粋な演出がされています。豪華なだけではなく、随所にこういった粋な細工や工夫がなされているのも「旧伊藤伝右衛門邸」の魅力のひとつです。

邸内は想像をはるかに超える広さで部屋数25の贅を尽くした邸内
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邸内の廊下の長さには驚かされます。この廊下は約50メートルあります。しかも、廊下にも畳を敷き詰めています。さらに、天井をよく見てください。両側が上がっているように見えますよね。ところがこれは目の錯覚なんです。反対側を見ると逆に両側が下がっているように見えます。こういった遊び心のある建築技法も盛り込まれています。

豪華絢爛な造りや細工がすばらしい白蓮の部屋

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白蓮の居室だけが2階にあります。大正の3大美人といわれた白蓮が伊藤伝右衛門に嫁ぎ、約5年間暮らした部屋です。日本庭園を一望できる見晴らしの良い部屋で、銀箔を施した押入れの襖(ふすま)や、水上泰生が描いた蝶をあしらった天袋、さらには竹の節を生かした細工を施した欄間など、豪華絢爛な造りになっています。伊藤伝右衛門がいかに白蓮の心を得るために気を遣ったかがうかがわれます。

豪華絢爛な造りや細工がすばらしい白蓮の部屋
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白蓮の居室には、茶室のように天井に落し掛け(結界)を設け、使用人たちは入口横の小さな窓のようなところから対応していました。

白蓮が宮崎龍介と駆け落ちしたセンセーショナルな白蓮事件は、当時、新聞に大きく掲載されるほどのスクープでした。白蓮が新聞紙上で絶縁状を掲載した後、最終的に伊藤伝右衛門は「末代まで一言の弁明も無用」と口を閉ざし、筑豊人の男気を見せました。白蓮の部屋を訪れた見学者は、ドラマのシーンを思い浮かべながら、伊藤伝右衛門や白蓮の人生を偲ぶ人が多いのではないでしょうか。

随所に粋と巧みな技が詰め込まれた「旧伊藤伝右衛門邸」

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書斎の壁は、着物の繊維などが塗り込まれた、現代では見ることのできない手法で造られています。板戸は見学者に見えるようにこのように立てかけていますが、本来は入口の板戸です。この装飾は内側に描かれています。このように外から見えない部分にお金をかけるのもおしゃれですね。

随所に粋と巧みな技が詰め込まれた「旧伊藤伝右衛門邸」
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旧伊藤伝右衛門邸の内部は、さまざまな芸術的技法を取り入れた建築技術や、繊細で優美な装飾が随所に施されています。
欄間に施された精巧な木彫や落ち着いた雰囲気の聚楽壁、帯地をほどいて埋め込んだ壁、竹を組んで作られた網代天井など、まさに細かな工夫を凝らした豪邸です。

随所に粋と巧みな技が詰め込まれた「旧伊藤伝右衛門邸」
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敷地内には蔵がたくさんありますが、その蔵を改装して伊藤伝右衛門や白蓮の資料館にしており、これらも見学できます。さらに入口近くにはお土産屋グッズを販売しているショップもあります。

伊藤伝右衛門と白蓮のドラマチックな人生に想いを馳せるひと時

飯塚市の「旧伊藤伝右衛門邸」、いかがですか。伊藤伝右衛門や白蓮のドラマチックな人生の舞台のひとつということで、公開されて10年になりますが、いまでも多くの人が訪れています。伊藤伝右衛門の部屋や白蓮が実際に住んでいた部屋を見ながら、二人の運命や人生に想いを馳せているのかもしれませんね。部屋から庭園を眺めながら、あなたも想いを巡らせてみませんか。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2017/08/25 訪問

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