写真:井伊 たびを
地図を見る東京都江戸川区船堀にある「法龍寺(ほうりゅうじ)」は、幸運山(こううんざん)道観院(どうかんいん)と号する浄土宗の寺である。幸蓮社雲誉道観法龍上人(こうれんしゃうんよどうかんほうりゅうしょうにん)が開山となり、慶長年間(1596年〜1615年)に創建された。
本尊は、「阿弥陀如来(あみだにょらい)」である。そもそも、「阿弥陀如来」は人間が亡くなった後、極楽浄土へ連れて行ってくれる仏様。そのため、現世のご利益でなく死後の御利益がある。「南無阿弥陀仏」を唱えて極楽浄土に行くことができれば、そこで修行して「仏」になれる。
門前には、「食用蛙供養塔」がある。その関係でか、元住職の「かえる蒐集」に端を発し現在当寺には、寄贈品なども加わって、数えきれない「かえる」が集まっている。その一部が、境内に陳列され一般公開されている。それが「かえる寺」と呼ばれる由縁だろう。
また境内には、北辰一刀流の武芸者である「北島桃源」の墓がある。
写真:井伊 たびを
地図を見るこの界隈では、昭和初期ころから食用蛙が生息していた。蛙にとって恵まれた環境である、蓮田や水田が多かったので自然繁殖を続け、その数は輸出されるほどまでに増えた。
当初、捕獲は東京都の条例で、厳しく「許可制」であった。しかし、終戦後は蛙を自由に捕え、加工業者に渡し、生計を立てる者まで現われた。そんな蛙たちを供養しようと、東京都食用蛙組合によって、昭和27年(1952年)に、この「食用蛙供養塔」が建てられた。全国的にみても、大変珍しいものである。
写真:井伊 たびを
地図を見る「食用蛙供養塔」の隣にある「青面金剛像庚申塔」は、正面に青面金剛像、下部に三猿(見ざる・聞かざる・言わざる)が彫られた舟型である。この塔は、寛文4年(1664年)に建立されたもので、昭和59年(1984年)に「江戸川区登録有形民俗文化財」に指定された貴重な民俗資料である。
写真:井伊 たびを
地図を見るスチール製の事務書庫ケースには、ギッシリのかえる!カエル!蛙。「かえる寺」の噂が広まって、寄贈品がどんどん増えているとか。時の流れるのも忘れ、帰る(カエル)ことも忘れて見入ってしまう。
写真:井伊 たびを
地図を見る一般によく見かけるオーソドックス系から、カワユイ系やユニーク系まであり、噂を聞いて訪れて来る人々を癒し続けている。
写真:井伊 たびを
地図を見る二段重ねで二列あるスチール製の事務書庫ケースに入れないカエルさんは、ダンボール箱の数箱にいて、出番を待っているとか。
写真:井伊 たびを
地図を見る眺めていると、子どものころの幼い心にカエルことができる。
写真:井伊 たびを
地図を見る駄々っ子のようで、すました横顔に「お兄ちゃん」って呼んでみたくなる!
写真:井伊 たびを
地図を見る「仲良し兄弟ダッ!」って、わんぱくし放題!な感じが伝わってきませんか?
写真:井伊 たびを
地図を見る目線にポイントあり!アミダに被った麦わら帽子が、楽しい物語へ誘う!彼女との楽しいひとときを夢見ているのでしょうか?
写真:井伊 たびを
地図を見る蛙のバレリーナー!あるようで、なかった発想!にただ脱帽するのみ。チョッピリ悲しそうな顔が、ベソかきながら特訓する誰かさんに似ていてカワユイ!
写真:井伊 たびを
地図を見る思わず「カワユイ!」と言ってしまう。そして、連れて帰りたくなってしまいそう。
写真:井伊 たびを
地図を見る蛙って「有袋動物」だったっけ?
写真:井伊 たびを
地図を見る消臭元!?やっぱり!これって?臭いをカエルからなのでしょうか?
写真:井伊 たびを
地図を見る頑固オヤジが、可愛い娘の「無事に帰る(カエル)!」ことを願って、待っているのでしょうか?
「法龍寺」へは、都営新宿線「船堀駅」からが便利。改札口は、一ヶ所なのでここで迷うことはありません。改札口を出ると、南口と北口がありますが、左側の南口から出ましょう。徒歩10分ほどで「カエルさんたち」とのご対面!になります。
ひとりひとりを丁寧に観ていると、時の流れも忘れて、カエルことができなくなります。どうぞ!お時間がたっぷりあるときに、お訪ねください!そして、くれぐれも「ご無事にお帰り!」ください。
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(2024/4/24更新)
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