千葉・印西「龍腹寺」には龍神様の哀しい伝説がある

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千葉・印西「龍腹寺」には龍神様の哀しい伝説がある

千葉・印西「龍腹寺」には龍神様の哀しい伝説がある

更新日:2017/08/15 11:33

井伊 たびをのプロフィール写真 井伊 たびを フリーランスライター

千葉県印西市竜腹寺にある「龍腹寺」には、哀しい“小龍の伝説”が今なお語り継がれている。それは、当時の村民が厳しい自然環境に、果敢に立ち向かっていく中で生まれたのだろう。「仁王門」の歴史ある「阿吽像」や、県指定文化財の「梵鐘」などに、村民の深い信仰心が窺える。また、こちらの地区には、歴史ある寺社が多く現存し、それぞれに纏わる伝説や民話が残されている。サイクリングしながら、訪ね歩く旅もアリ!だと思う。

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「龍腹寺」には、哀しい“龍神様の降雨伝説”がある

「龍腹寺」には、哀しい“龍神様の降雨伝説”がある

写真:井伊 たびを

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千葉県印西市竜腹寺にある「龍腹寺(りゅうふくじ)」は、天台宗の寺院である。山号は「玄林山」と称し、ご本尊は「薬師如来」である。薬師如来は、むかしから病を治癒する神様として有名で、特に目の病には非常に強力な御利益があるとされている。

当寺は、空海(弘法大師)の上奏を受けた平城天皇の勅願により、大同2年(807年)、空海の弟子である慈観上人を開山として創建された。当初は、「慈雲山 延命院 勝光寺」と号していた。現在、当寺は無住で、手前にある門は施錠され、本堂へは残念ながら入れない。

「龍腹寺」には、哀しい“龍神様の降雨伝説”がある

写真:井伊 たびを

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本堂より県道65号線に沿って、北へ100mほど歩いたところで、「仁王尊」の扁額がかけられた「仁王門」が見つかる。その仁王門前の左右には、“六道輪廻の思想”を表す「六観音」「六地蔵」がある。

「龍腹寺」には、哀しい“龍神様の降雨伝説”がある

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「仁王門」をくぐって境内を先に進むと、「地蔵堂」がある。

ところで、ここ「龍腹寺」には哀しい伝説が語り継がれている。かつて、印旛沼周辺一帯はしばしば厳しい旱魃に見舞われた。村人たちはたびたび続く日照りに、農作物の収穫もまともにできず苦しんでいた。

それを見かねた印旛沼に棲んでいた小龍が、その王である大龍に許しを得ず、恵みの雨を降らせ村人たちを救った。やがて小龍は天へ戻りかけたが、大龍の怒りに触れ、身体を引き裂かれてしまう。そして小龍の身体は、頭、腹、尾の三ッに分れ地上に落ちたという。

その頭は印旛郡栄町の「龍角寺」に、腹はここ「龍腹寺」の地蔵堂の裏に、尾は匝瑳市の「龍尾寺」に落ちた。竜腹寺の村人たちは、ねんごろに葬り、寺号の「龍福寺」を「龍腹寺」と改め、その冥福を祈ったという。

それ以来「龍腹寺」は“降雨祈願の聖地”として崇められている。

「仁王門」の阿吽像

「仁王門」の阿吽像

写真:井伊 たびを

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「仁王門」の仁王像二体は、約1200年前に建立されたのがはじまりだ。一夜のうちに作られたために無乳であり、「無乳仁王尊」として名高く、「乳」に関する願いは速やかに成就する御利益があるといわれている。

向って右が口を開けた丹慶(たんけい)の作とされる「阿像(あぞう)」で、左には口を閉じた慈覚大師(じかくだいし)の作とされる「吽像(うんぞう)」が配置されている。現在の仁王尊二体は、いく度かの災禍を繰り返したのち、嘉永六年(1853年)に造られたものだ。

「仁王門」の阿吽像

写真:井伊 たびを

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阿像は寺に侵入する悪者に対して、声を上げて怒りを表している。一方、吽像は言葉を発せず怒りを内に秘めた様子を表している。阿吽の口は物事のはじめと終わりを表し、二体の仁王尊の息がぴったり合っていることから、「阿吽の呼吸」と言う言葉が生まれたのは、ご存知のとおりだ。ちなみに、仁王尊には、「健脚になる」「身体健全になる」などの御利益がある。

「仁王門」の軒下は、異様な風景

「仁王門」の軒下は、異様な風景

写真:井伊 たびを

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仁王尊(金剛力士像とも呼ばれる)は、とても逞しい体である。その仁王尊にあやかり、身体健全や、子どもの発育健全、足腰の病気治癒を願い「草鞋」を村人たちが軒下に奉納したとされる。あわせて「五穀豊穣」や「家内安全」なども、祈念し続けたのだろう。

「仁王門」の軒下は、異様な風景

写真:井伊 たびを

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まるですばらしい芸術品に、出逢ったときのようだ。無言ながら現代人に、当時の村人たちの信仰心の深さを窺わせ、感動をあたえる。形あるものが発する説得力の強さだろう。

千葉県指定有形文化財「梵鐘一口」

千葉県指定有形文化財「梵鐘一口」

写真:井伊 たびを

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境内にある「梵鐘一口(ぼんしょうひとくち)」は、昭和47年(1972年)1月に、千葉県指定有形文化財になっている。大きさは、総高106.3cm、口径60.6cmで、三段組みの鋳上げで造られている。

千葉県指定有形文化財「梵鐘一口」

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鋳出しの浅い八葉の蓮弁の撞座が、非常に珍しく片方だけについている。また、胴体部にある池の間(いけのま)には「印西荘龍腹寺玄林大鐘」と刻まれているのが読み取れる。

ところで、お寺の梵鐘は“単に時報を知らせるために撞かれた”だけのものではない。今でも大晦日に撞かれる「除夜の鐘」の意味する“あらゆる煩悩を散らす”功徳がある。その響きを聴く者は、一切の苦しみから逃れ、悟りに至るとされている。

千葉県指定有形文化財「梵鐘一口」

写真:井伊 たびを

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梵鐘上部の乳(ち)は、四段四列で欠けているところはない。また竜頭(吊り部)の面も、その表情を捉えることができる。この梵鐘の製造時期ははっきりしていないが、形態から判断して、室町時代前期の「南北朝時代(1336年〜1392年)」だと推定され、実に六百数十年の風雪に耐えてここにある。幾人の民の悟りを開かせたのだろうか。

龍神様の現代風モニュメントも必見!

龍神様の現代風モニュメントも必見!

写真:井伊 たびを

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北総鉄道・北総線・印西牧の原駅と印旛日本医大駅の間(国道464号線と県道64号線とが交わる<竜腹寺交差点>)に、架けられた跨線橋(こせんきょう)の両側の欄干部に、二対の龍のモニュメントがある。

欄干に向かって右側に龍の胸と龍珠を持つ頭部、左側に尾が造られ、欄干全体には龍の胴体をイメージさせる鱗模様が施されている。これは、あきらかに“龍神様の降雨伝説”にちなんで造られたものだろう。

龍神様の現代風モニュメントも必見!

写真:井伊 たびを

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モニュメント自体はモダンな造形物であるが、龍の生命力を感じさせる「芸術品」としても必見である。

今は昔、印旛沼に棲みし小龍の哀しい伝説は・・・

「龍腹寺」へは、境内に駐車スペースがあるので、車で訪れることができる。歩いてなら、北総鉄道・北総線・印旛日本医大駅西側から、県道65号線(佐倉印西線)を北西方向へ約2km。20分あまりで訪れることができる。

ところで、龍は架空の動物である。様々な動物の持つある部分を、寄せ合わせて作られた。角は鹿、頭は駱駝、目は鬼、体は蛇、腹は蛟(みずち)、背中の鱗は鯉、爪は鷹、手は虎、耳は牛。

人間の願望を集約したもので、そのシンボルとしての完璧なイメージを前提に作られた。そんな「龍神様」頼みでしかなかった、当時の村人たちの「厳しい農業」に想いを馳せる一日にしたいものだ。

また、お時間に余裕があり、ご興味があれば、車で5分のところの印旛日本医大駅前に「医科器械資料館」があり、車を10分ほど走らせたところには「松虫寺」がある。あわせて訪れてみてはいかがだろう?

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/07/11 訪問

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