写真:肥後 球磨門
地図を見る熊本県の最南部に位置しシンガー・ソングライター村下孝蔵氏の出身地である水俣市は九州自動車道八代JCTから南九州自動車道を経由して津奈木ICから20分です。公共交通機関の利用の場合は九州新幹線の新水俣駅の利用が便利です。
平成11年(1999年)46歳の若さで亡くなった村下孝蔵の代表曲「初恋」は彼がこの町で過ごした中学生時代の淡い体験が元になったといわれています。
商工会はこの町が村下孝蔵ゆかりの地であることをアピールして地域活性化を図ろうと、「ふれあい一番街商店会通り」を「初恋通り」と名を改め、一角に「初恋」のレコードジャケットにある少女の像を設置しました。
切なく揺れ動く心模様を描いた「初恋」の歌詞が刻まれた碑と、そのそばには昔ながらの赤い郵便ポストが置かれ、村下孝三の歌の世界を再現しています。
村下孝蔵ファンもそうでない方も、ここを訪れて自身の初恋を思い出してみてはいかがでしょうか。
写真:肥後 球磨門
地図を見る写真:肥後 球磨門
地図を見る初恋通りから、美しい恋の伝説が残る恋路島を望む”恋人の聖地”に移動しましょう。ここは肥薩おれんじ鉄道水俣駅から車で5分にあるエコパーク水俣の親水公園にあります。
恋路島は新婚の川上左京亮忠堅(かわかみさきょうのすけただたか)という若い武将と妻の物語が生まれた島です。
天正12年(1595年) 3月、左京が出陣した後、妻は夫を想う心を抑え切れませんでした。そのため水俣湾に浮かぶ恋路島に渡って石室に籠り、海辺に石を積み上げて夫の武運を祈り続けたそうです。しかし、夫の帰りを待たずして哀れにも病によってこの世を去ってしまいました。
戦いが終わって戻ってきた左京は妻が恋路島で左京の名を呼び続けて死んでしまったことを聞き、直ぐ島に渡りました。
そして、夫を想う一念で築いたという石積みを抱きしめ泣いた、と伝えられている島です。
写真:肥後 球磨門
地図を見るこの物語から「恋路島」と名づけられ、この島を望む親水公園は恋人の聖地に認定されハートのモニュメントが設置されています。
美しい恋の伝説が残る恋路島と水俣の海が望める親水公園をのんびり歩いてみませんか。空と海がゆったりひろがる開放感のある場所なので、カップルだけでなく家族連れにもおススメの散策場所です。
写真:肥後 球磨門
地図を見る九州の地中海といわれる不知火海に面した海岸沿いにある「湯の児(ゆのこ)温泉」は、水俣市街地からおよそ10分の場所にあり、晴れた日には天草諸島や、島原半島にそびえる雲仙岳を望む事ができます。
湯温が低く「湯の親ではなく、子だ」としたことから「湯の児」と名付けられたとされている「湯の児温泉」は、傷ついた大海亀が湯浴みをしていたことから始まったともいわれ、温泉街と橋で結ばれた湯の児島には沢山の亀の像が置かれています。
写真:肥後 球磨門
地図を見るその中で人気なのが「願かけの亀」。亀の前に置かれた壺にお賽銭が入ると、願いごとが叶うのだとか。
恋愛の成就をお願いし、見事入れば成就間違いなし!
もちろん恋愛だけではなく家内安全などの願いも叶うといわれているので、いろんな願い事をこめてお賽銭を投げてみてはいかがでしょうか。
写真:肥後 球磨門
地図を見る湯の児温泉の高台にあるのが「湯の児スペイン村福田農場」です。
九州の地中海と呼ばれる「不知火海」を見下ろす高台に建つ、白亜の壁とオレンジ色のとんがり屋根が目を引きます。雲ひとつ無い真っ青な空の下、本当にスペインに来たような気分になるかもしれません。
村内には、不知火海でとれた新鮮な魚介類を活かしたメニューが豊富な「バレンシア館」と、地ビールと多国籍料理が楽しめる「セビリア館」の二つのスペインレストランと、ワインや自家製ジャム、小物などを販売している「スペイン館」があり、食事や買い物を楽しむことができます。
写真:肥後 球磨門
地図を見るバレンシア館でおススメなのが地元食材をふんだんに利用したパエリアです。九州の地中海を見ながら食べるパエリアは本場にも勝る美味しさでおススメ料理の一つです。
カップルや家族連れで本格的なスペイン料理を楽しんではいかがでしょうか。
沢山の歌手がカバーしている「初恋」を作詞作曲した村下孝蔵の故郷「水俣市」。恋路島を望む親水公園を散策したり、恋愛成就の願いを叶えてくれるかもしれない大海亀に願掛けしたり、地中海にいるような気分で食事をしたりと一日中楽しめる場所が沢山あります。
一人で、カップルで、そして家族連れで村下孝蔵の愛した水俣を訪れてみませんか?
不知火海に沈む夕日が感動的な美しさの湯の児温泉でロマンチックな一日をしめくくるのもおススメです。
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(2024/4/25更新)
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