6月には10万本のユリも!兵庫・丹波篠山の城下町めぐり

| 兵庫県

| 旅の専門家がお届けするオリジナル旅行ガイドメディア

6月には10万本のユリも!兵庫・丹波篠山の城下町めぐり

6月には10万本のユリも!兵庫・丹波篠山の城下町めぐり

更新日:2017/06/08 12:19

モノホシ ダンのプロフィール写真 モノホシ ダン 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者

全国的に有名な民謡「デカンショ節」で知られる兵庫県篠山市は、かつて篠山藩5万石の城下町として栄えた丹波盆地の中核都市です。そして市内にある「篠山玉水ゆり園」では、毎年6月上旬から7月上旬にかけて約60種10万本のユリの花が咲き誇ります。ユリの花の香りに誘われて、デカンショ節でも唄われる篠山城跡や江戸時代の面影を残す城下町の散策に訪れてみませんか?

- PR -

まずは「篠山玉水ゆり園」でユリの花と香りを楽しもう

まずは「篠山玉水ゆり園」でユリの花と香りを楽しもう

写真:モノホシ ダン

地図を見る

「篠山玉水ゆり園」は篠山城跡から北へ約1kmのところにあり、毎年6月上旬から7月上旬にかけて約60種約10万本のユリの花が咲き乱れます。力強く色とりどりに咲くユリの花は圧巻の一言です。(入園料:大人700円)

まずは「篠山玉水ゆり園」でユリの花と香りを楽しもう

写真:モノホシ ダン

地図を見る

ゆり園に足を踏み入れると花の甘い香りが漂います。花畑の中に散策路が設けられていますので、香りを楽しみながら散策することができます。

まずは「篠山玉水ゆり園」でユリの花と香りを楽しもう

写真:モノホシ ダン

地図を見る

篠山玉水ゆり園では「あじさい」約2000株も栽培されています。あじさいとユリの花のコラボも楽しみましょう。

ゆり園の名前の由来は篠山城下の井戸水の水源地

ゆり園の名前の由来は篠山城下の井戸水の水源地

写真:モノホシ ダン

地図を見る

ゆり園の中にある史跡「日置玉水の碑」。1692年(文禄2年)にときの城主だった松平信庸(まつだいらのぶつね)が建てたものです。ここは篠山城下の井戸水の水源地になっていて、ゆり園の名前の由来にもなっています。

ゆり園の名前の由来は篠山城下の井戸水の水源地

写真:モノホシ ダン

地図を見る

立ち上る入道雲とユリの花のコラボもよく似合います。

ゆり園の名前の由来は篠山城下の井戸水の水源地

写真:モノホシ ダン

地図を見る

青空を背景に咲き誇るユリの花はとても絵になります。写真を撮る際は、姿勢を低くして撮ってみるといいですよ。

観賞が済んだら、ゆり園の無料シャトルバスを利用して篠山城跡の駐車場まで移動しましょう。シャトルバスはゆり園と篠山城跡駐車場の間を往復していますので、先に篠山城跡を見てからゆり園に移動することも可能です。

篠山城は「天下普請」の城

篠山城は「天下普請」の城

写真:モノホシ ダン

地図を見る

「篠山玉水ゆり園」からシャトルバスで約5分ほどのところにある篠山城。この城は、関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康が1609年(慶長14年)に、豊臣家の居城である大阪城を監視するために、篠山盆地にあらたに築いた城です。

築城工事は外様大名の力を殺ぐために、旧豊臣家の大名である藤堂・加藤・福島・池田などの諸氏に「天下普請」として担当させました。天下普請とは江戸幕府が諸大名に命じて行なわせた築城などの土木工事のことです。

写真は「篠山城大書院」で、総工費12億円をかけて2000年(平成12年)に木造で復元されたもの。一大名の書院としては京都の二条城の二の丸御殿に匹敵する破格の規模です。ここで藩の公式行事が行なわれていました。

篠山城は「天下普請」の城

写真:モノホシ ダン

地図を見る

天下普請の城としては他に有名なのは「名古屋城」があります。これも旧豊臣系の大名が担当させられました。費用の一切は命じられた諸大名が負担するために、経済的に大変なものでした。

篠山城の初代城主は家康の実子である松平康重で、明治維新まで篠山藩5万石を松平氏三家8代と青山氏6代の、いずれも徳川譜代の有力大名が引き継ぎました。写真は天守台跡です。天守台跡からは、丹波富士と呼ばれる標高462mの「高城山」を望むことができます。

篠山城は「天下普請」の城

写真:モノホシ ダン

地図を見る

篠山城があらたに築かれるまでは、丹波富士こと高城山に築かれた「八上城(やかみじょう)」が丹波盆地の主城でした。八上城は戦国大名「波多野氏」によって築かれた山城で、のちに織田信長により丹波攻略を命じられた明智光秀に約4年に渡って攻撃を受けました。

波多野氏は頑強に抵抗したため、やむなく光秀は実母を人質として差し出し、当主の波多野秀治の助命を条件に降伏開城を提案します。ところが信長は許さず秀治を殺してしまったため、人質の光秀の実母も処刑されてしまいました。光秀は信長の非情を深く恨み、この出来事が本能寺の変の一因になったとされています。

旧藩主の青山氏は東京の「青山」の地名の由来

旧藩主の青山氏は東京の「青山」の地名の由来

写真:モノホシ ダン

地図を見る

篠山市の民謡として有名なのは「デカンショ節」です。江戸時代の民謡を起源とし、2015年には文化庁により、日本遺産の最初のグループのうちの1件として「丹波篠山デカンショ節 民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」が認定されました。。

全国に普及したいわれというのは諸説ありますが、定説と伝えられるのが旧藩主の「青山忠誠」が、千葉県の静養先で同宿の第一高等学校(旧制一高)の生徒に教えたのが全国に広まるきっかけになったというものです。市役所前にはデカンショ祭りのブロンズ像が立っています。

旧藩主の青山氏は東京の「青山」の地名の由来

写真:モノホシ ダン

地図を見る

明治維新まで続いた旧藩主の青山氏は、東京都港区の青山の地名を残した藩主です。徳川家康が江戸に入った際に、先祖の青山忠成が家康に「馬で駈けただけ土地をやろう」と言われ与えられた土地に江戸屋敷を建てたことに由来します。

青山氏は小藩ながら重んじられ、第4代の藩主「忠裕」や第5代藩主「忠良」は寺社奉行や老中などを歴任しました。ただ幕府の要職に就いたため出費がかさみ藩財政の困窮を招いたといわれています。写真は「青山歴史村」の長屋門です。

旧藩主の青山氏は東京の「青山」の地名の由来

写真:モノホシ ダン

地図を見る

篠山には武家屋敷群や河原町妻入商家群などの古い町並みが残っています。写真は、お従士町の武家屋敷群にある「安間家資料館」。茅葺屋根の曲屋の家屋です。

篠山市内の観光には「4館共通入館券」がおすすめ

篠山市内の観光には「4館共通入館券」がおすすめ

写真:モノホシ ダン

地図を見る

丹波篠山の観光には「歴史美術館」「武家屋敷安間家資料館」「青山歴史村」「篠山城大書院」の4館共通入館券のセツトがお得です。大人600円で有効期間は2日間。篠山市内に宿泊した場合、2日に分けてのんびりと市内観光する際にもおすすめのチケットです。写真は日本最古の木造建築の裁判所で、現在は歴史美術館になっています。

篠山市内の観光には「4館共通入館券」がおすすめ

写真:モノホシ ダン

地図を見る

日本最古の裁判所「篠山裁判所」は、1981年(昭和56年)6月まで地方裁判所として使用されていました。写真は重々しい雰囲気が漂う旧法廷室です。

丹波篠山は四季を問わず楽しめる歴史体験の地

いかがでしたか。丹波篠山は戦国時代から近世まで丹波の中心地として栄えた歴史体験の地です。本文ではご紹介できませんでしたが、ほかにも丹波杜氏酒造記念館や能楽資料館、丹波古陶館などのみどころがあり、さらに深く篠山の伝統や文化を知ることができます。美しく咲き乱れるユリの花とともに、歴史体験もできる丹波篠山を訪れてみませんか?

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2011/06/25 訪問

- PR -

条件を指定して検索

トラベルjp<たびねす>

トップページへ戻る

事業拡大のため、デザイナー、システムエンジニア募集中!国内最大級の旅行サイトを一緒に作りませんか?

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ