北九州に残る三井財閥自慢のホテル〜旧門司三井倶楽部〜

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北九州に残る三井財閥自慢のホテル〜旧門司三井倶楽部〜

北九州に残る三井財閥自慢のホテル〜旧門司三井倶楽部〜

更新日:2017/05/24 12:56

小谷 結城のプロフィール写真 小谷 結城 国内旅行業務取扱管理者、京都検定2級、温泉ソムリエ、日本城郭検定2級、国内旅行地理検定2級

旧門司三井倶楽部は大正10(1921)年に三井物産門司支店の社交倶楽部として門司の山手に建てられました。当時、地方都市に欧米人を招く場合、欧米人にふさわしいホテルが無く、自分で用意するしかありませんでした。そこで、三井財閥が門司で建てたのがこの建物です。欧米人に舐められないよう手が込まれていることが窺えます。移築された現在も魅力的な姿を留めています。今回はそんな旧門司三井倶楽部をご紹介します。

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外観はシックなハーフティンバー

外観はシックなハーフティンバー

写真:小谷 結城

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建物はスレート葺き、木造2階建て。外観は柱や梁、斜材を露出させた純木造のハーフティンバーです。木造の骨組みにはペンキを塗り、この間にはモルタル掃き付け壁の工法が用いられており、これを“ドイツ壁”と呼びます。味のある凹凸ですが、これが途絶える可能性のある左官技術だと聞くと一抹の寂しさも覚えます。

山形破風から見えるもの

山形破風から見えるもの

写真:小谷 結城

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屋根も面白いです。寄棟屋根を基本としていますが、正面に立てば大小5つもの山形破風と相対することになります。これもこの建物の特徴です。また、黒色系の壁面や屋根に対して窓枠は白。この対比させた色遣いもなかなかニクいです。

設計はアメリカで建築を学んできたという松田昌平。このハーフティンバーの邸宅風の造りは16世紀頃のイギリスの邸宅に見られるチューダー様式に相当するようですが、そのチューダー様式で使われる石やレンガは一切使用されておらず、純木造です。

しかし、石やレンガを使わず木のみで造るチューダー様式が19世紀後半から20世紀前半にかけてアメリカで発達していました。松田は当時も流行していたアメリカ流のチューダー様式を採用。山形破風もその特徴を示すものなのです。

アールデコ調の内部装飾が気になる1階

アールデコ調の内部装飾が気になる1階

写真:小谷 結城

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内部に入ると、本館1階は2室続く広間を中心に食堂、応接間、客間があり、現在は玄関に近い広間を受付にし、食堂、応接間、客間の3室をレストランが使用しています。写真は奥の広間になります。西洋の居館らしい上質な雰囲気が漂います。

見ておきたいのは天井装飾です。シンプルな直線を重ねている場所もありますが、コーニスなどに蛇腹や卵鏃飾り、屈曲模様などのアールデコ調の幾何学模様が施されており、葉飾りを取り入れた白色の細かなローゼットも見られます。階段室のコーニスにもデンティルと呼ばれる歯状の幾何学装飾が見られ、階段の親柱も幾何学的で独特な形状です。

このアールデコを基調とした装飾も1920年代前後、まさしく建設当時の欧米の流行を反映させたものになります。欧米人に舐められないように、という意識が働いているような気がします。日本の地方都市で外観にも内部にも最新の流行を取り入れた建築に招待された欧米人は驚いたのではないでしょうか。

アインシュタイン夫婦が逗留した2階

アインシュタイン夫婦が逗留した2階

写真:小谷 結城

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2階は居間、寝室、浴室など。浴室も広く、いかにも滞在を重視していたことが窺える間取りです。用途はやはり賓客を迎えるための空間です。建設翌年にはアインシュタイン夫婦が宿泊しており、アインシュタイン夫婦が滞在に使用した3部屋を当時の調度品を揃えて再現し、残った部屋で門司出身の女流作家・林芙美子を紹介しています。

こちらの一部の部屋の天井の装飾部は木製になっていることもあります。アインシュタイン夫婦が居間として利用していたという部屋がまさにそれで、隅に格天井を廻らし、葡萄と思われる細かな意匠のローゼット、そしてマントルピースも木製にしています。壁やカーテンも木の色に合わせており、だいぶ温かみある空間になっています。

木の風合いを生かすことを好む日本的な部分が違和感なく溶け込んでいます。アインシュタイン夫婦は5日間の逗留でしたが、門司の街とこの三井倶楽部の部屋がいたく気に入り、「できることならここに永住したい」とまで言ったそうです。こうした洋風なのにどこか日本的な空間がアインシュタインの好むところだったのかもしれません。

旧門司三井倶楽部の歩みも併せて

旧門司三井倶楽部は三井物産門司支店の社交倶楽部として現在よりも山手に建てられました。用途はホテルと説明しましたが、建物自体は邸宅風であり、ダークブラウンの木骨と灰色のモルタル塗りのハーフティンバーが新緑の森や山の緑に抱かれた姿を夢想すれば別荘のような趣だったことが察せられ、アインシュタインが気に入ったことも頷けます。

ところが、三井物産は戦後のGHQの占領政策によって解体されてしまいます。取り残された門司三井倶楽部は昭和24(1949)年に国鉄に買い取られ、国鉄社員の宿泊施設として使用されましたが、昭和63(1987)年、国鉄分割・民営化に伴い、解体撤去されることになったのです。

しかし解体されるのは惜しいという声があがり、平成2(1990)年に北九州市が無償で譲り受けることができたのです。北九州市が取得したのは建物のみであり、保存するためには移築しなくてはなりませんでした。そこで、門司港を観光地化する事業に絡めてこの場所にやって来ました。

港湾の景色とはやや違和感がありますが、こうした背景を知ればそれも一つの味となります。外観・内部ともに建物の価値の高さも明らかです。さらに、ここにアインシュタイン逗留という歴史まで加わります。国内においても洋風建築が充分に旅の目当てになることを証明している建築の一つです。旧門司三井倶楽部を目当てに門司港に訪れてみてはいかがでしょうか。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/04/22 訪問

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