写真:乾口 達司
地図を見る世界遺産にも登録されている高山寺(こうざんじ)は、京都の市街地から北西の山中、古くより「栂尾」(とがのお)と呼ばれる地に伽藍を構えています。寺院としては奈良時代より存在していたようですが、鎌倉時代、明恵上人が後鳥羽上皇から栂尾の地を与えられたことで、寺院としての高山寺の地位は確固たるものになりました。しかし、その後は戦乱や火災で焼失を繰り返し、現在にいたっています。
そんな高山寺において、石水院は鎌倉時代より残る唯一の建造物とされ、現在、国宝に指定されています。石水院はもともと後鳥羽上皇の学問所を移築したものとされ、下賜後は明恵上人の住房となったと伝えられています。実際、外観は住宅風で、上人がここで暮らしていたこともうなずけます。
なかでも、特にお勧めしたいのが、石水院からの眺め。新緑の季節になると、目の前に広がる山々が緑一色に包まれ、訪れるものを魅了します。明恵の住居だっただけのことがあり、ご覧のように、お寺とは思えないような開放感に富んでいます。縁側に腰を下ろしてのんびりくつろげるので、気の済むまで新緑をご堪能ください。
写真:乾口 達司
地図を見るこちらは菱格子を通して眺められた新緑。緑がよりいっそう映えていると思いませんか?
ちなみに菱格子の上に取り付けられている部材は「蟇股」(かえるまた)。カエルが足を広げたような形であることから名付けられたものですが、石水院の蟇股は蟇股のなかでも古いものに数えられている上、造形にも優れており、古建築に関心のある方には必見の部材。石水院を訪れたら、ぜひご覧ください。
写真:乾口 達司
地図を見る石水院は国宝に指定されているだけに、他にもさまざまな意匠がうかがえます。たとえば、写真は中央の間における天井ですが、一般に「舟底天井」と呼ばれ、文字通り、舟の底を思わせる形状となっています。石水院ではそれぞれの部屋ごとに天井の様式も異なっているので、その違いもご自身でご確認ください。
写真:乾口 達司
地図を見るこちらは柱にしつらえられた釘隠し。さすがは紅葉の名所だけあり、もみじの葉がかたどられています。
ほかにも、細部までじっくり見ていくと、さまざまな魅了が発見出来るはず。新緑を堪能すると同時に、石水院そのものの魅力も発見しましょう。
写真:乾口 達司
地図を見る石水院を出て、境内をさらに奥へと進むと、右手のひときわ高いところに明恵上人の御廟が残されています。鎌倉時代を代表する高僧がここに眠っているかと思うと、感動しませんか?
写真:乾口 達司
地図を見る明恵上人の御廟でもう一つ見逃せないのが、御廟の前に居並ぶ石塔の数々。なかでも、写真中央の宝篋印塔(ほうきょういんとう)は鎌倉時代中期の作。その高さは270センチ余りで、国内屈指の古さを誇っています。
写真:乾口 達司
地図を見る広い境内には、幾つかのお堂も残されるています。写真は開山堂。その名のとおり、寺の実質的な開祖である明恵上人の坐像が安置されています。
写真:乾口 達司
地図を見るこちらは金堂。ここにはかつて本堂が建っていましたが、室町時代に焼失。寛永11年(1634)、仁和寺より新たにお堂が移され、現在にいたっています。堂内には本尊の釈迦如来像が安置されています。ちなみに、石水院は明治22年(1889)に現在の地に移されるまで、金堂の斜め後方の高台にありました。
写真:乾口 達司
地図を見る石水院の向かいには、茶畑もあります。高山寺の茶畑は、鎌倉時代、栄西から明恵上人に贈られた茶の種子に由来しており、日本最古の茶畑とされています。新緑の映えるこの時期は茶摘みの時期でもあり、ご覧のように、新芽が茶畑を彩ります。高山寺が日本最古の茶畑を有していたこと、ご存知でしたか?
写真:乾口 達司
地図を見る境内をめぐると、各所で新緑を目にすることでしょう。街中では、日によっては蒸し暑ささえ感じられる時期でも、山のなかに位置する高山寺周辺はまだまだ涼しく、清々しい気持ちで新緑を愛でることが出来るのも嬉しさ限り。ゆったりした気持ちで心ゆくまで高山寺をご堪能ください。
新緑の時期を迎えた高山寺がいかに魅力的か、おわかりいただけたでしょうか。文化財の宝庫ということもあり、文化財目当てに訪れるのも良し、新緑を愛でる目的で訪れるのも良し。高山寺で初夏ならではの雰囲気を楽しみながら、その豊かな歴史にも触れてみてください。
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(2024/3/29更新)
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