印象派の巨匠ルノワールの終の棲家 仏・カーニュ・シュル・メールの「コレット荘」

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印象派の巨匠ルノワールの終の棲家 仏・カーニュ・シュル・メールの「コレット荘」

印象派の巨匠ルノワールの終の棲家 仏・カーニュ・シュル・メールの「コレット荘」

更新日:2017/07/12 15:11

吉川 なおのプロフィール写真 吉川 なお 台湾在住ライター、元旅行会社勤務の旅行マニア

日本でも圧倒的な人気を誇る画家、ピエール・オーギュスト・ルノワール。ほのぼのとした色彩で友人との光景やふくよかな裸体画などを数多く描き「印象派の巨匠」と称された彼は、晩年リウマチを患って南仏のニースにほど近いカーニュ・シュル・メールに移り住み、そこで78年の生涯を閉じました。
最期まで絵筆を離さなかった彼が最愛の家族と過ごしたコレット荘では、生涯現役だった画家の生き様を垣間見ることができます。

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ルノワールの終の棲家

ルノワールの終の棲家

写真:吉川 なお

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1860年代半ばにフランスで起きた芸術運動「印象主義」の先駆者として、モネやドガ、シスレーなどとともに活躍したルノワール。輪郭や色より周囲の光や空気の変化に重点を置き、印象派の巨匠として確固たる地位を確立した彼は、62歳の時に医者の勧めでニースの隣町、カーニュ・シュル・メールに居を構えました。

現在、市役所となっている建物に滞在後、オリーブの木が茂るレ・コレット(小さな丘) と呼ばれる広大な土地が伐採されることを聞き、1907年66歳の時にその地を購入して自邸を建設。1919年に亡くなるまで、妻アリーヌとピエール、ジャン、クロードの3人の息子、アリーヌのいとこでモデルとして200点近くの作品に登場するガブリエルとともに暮らしました。

ルノワールの死後は三男クロードが1960年まで所有していましたが、その後市に売却され、現在はルノワール美術館として一般公開されています。

幸せな日常が偲ばれる邸内

幸せな日常が偲ばれる邸内

写真:吉川 なお

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オリーブの木が茂る丘の上、地中海と中世の鷲の巣村オー・ド・カーニュの街が見渡せる高台に建つコレット荘は、2013年にリニューアルされ、在りし日の一家の生活情景により近づけるようになりました。

正面左側にある階段からテラスに上がって邸内に入ると、モネ、マティス、ピカソ、モディリアーニ、藤田嗣治、梅原龍三郎など多くの画家をもてなした応接間や居間、大きな窓がある食堂、コンロを備えたキッチンなどがあり、ルノワールが家族と過ごした幸せな日常風景を連想することができます。

南仏の陽光が差し込む食堂はとても明るく、窓に向かい合う席がルノワールの指定席だったところ。彼がデザインした食器棚や暖炉は当時のままで、そこで笑い語り合った一家団欒の光景が目に浮かびます。

幸せな日常が偲ばれる邸内

写真:吉川 なお

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邸内の家具は全て実際に使われていたもので、生前と同じ場所に置かれ、色褪せていた応接室や食堂の壁布は裏側に隠れていた色彩を元に復元し現代に蘇りました。

部屋のあちこちに飾られた家族写真は、ルノワールが確かにここにいたという証。その場に立っていると、画家を身近に感じることができます。

名作を生み出してきたアトリエ

名作を生み出してきたアトリエ

写真:吉川 なお

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2階は家族の居住空間。西側にはルノワール、アリーヌ、クロードの部屋、南側にはピエールとジャンの部屋、バスタブを備えたバスルーム、小アトリエなどあり、一家のプライベートルームを見学することができます。

ルノワールが命の灯火を燃やし制作し続けた大アトリエもこの階に。北向きに大きな窓がある庭園に面した吹き抜けの部屋で、その光をキャンパスやモデルに取り込むため、窓に背を向けて描いていました。

痕跡を残すキャンパスやイーゼル、絵の具箱やパレット、愛用した車椅子やカウチソファが当時のまま置かれており、今にもルノワールが戻ってきて絵を描きだしそうです。

名作を生み出してきたアトリエ

写真:吉川 なお

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ルノワールはリウマチで握れなくなった絵筆を手に縛りつけ、キャンバスに向かいました。高さを調節できるイーゼルの前に車椅子を置き、悪化する病や第1次世界大戦に従軍した息子たちの負傷、妻アリーヌの死に直面しながらも、精力的に作品を描き続けました。

オルセー美術館所蔵の絶作『浴女たち』は、死を迎える数カ月前までこの場所で描かれたもの。苦悩を感じさせない生に満ちあふれている作品で、激痛に耐えながら「生涯において探求した絵画表現の融合的作品」と自負する大作を仕上げました。このアトリエには、生ある限り描き続けた画家の執念と情熱が詰まっています。

名作を生み出してきたアトリエ

写真:吉川 なお

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邸内には「ココ」と呼ばれた三男クロードや庭園を描いた風景画、オルセー美術館から寄託された『大水浴図』など11点のオリジナル絵画が展示されています。

カーニュに来てから本格的に取り組んだ彫刻もあり、中でも20歳下の愛妻、アリーヌを象った胸像はとても印象的。バラの花がついた帽子を被った彼女の幸せな姿を切り取ったもので、リウマチで手が不自由となってからは若手彫刻家リシャール・ギノやルイ・モレルの手を借りて15点の彫刻作品を残しました。それらは新設された展示室で見ることができます。

庭園にも絵のモチーフが

庭園にも絵のモチーフが

写真:吉川 なお

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屋敷の前に広がる庭園も創作の泉となった場所。樹齢100年を超えるオリーブの木々、甘美な香りのオレンジの花、遠くに見えるカーニュの街並みなど、ルノワールが眺めていた同じ景色が目の前に広がっています。

庭園にも絵のモチーフが

写真:吉川 なお

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この庭園の奥には、映画監督になったニ男ジャンの作品「草上の昼食」にも登場する『コレットの農家の家』があり、ルノワールがキャンパスを立てた場所に案内板が立っています。

豊かな自然から多くのインスピレーションを得たルノワール。一家が愛した風景は今も訪れる人を癒やしてくれます。

生涯現役の画家人生

ルノワールの晩年はリウマチと闘う日々でしたが、最後まで創作意欲を失わず、1919年12月3日の死の数時間前までアネモネの絵を描いていたといいます。

晩年のコレット荘での生活は彼に病に負けない強さと活力をもたらし、家族と密なる時を共有する貴重な時間でもありました。生涯現役で人生を全うしたルノワール。壮絶かつ画家冥利に尽きる彼の生き様が感じられる場所でもあります。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/01/30 訪問

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