新たなビジネスの展望を!埼玉県深谷市「渋沢栄一記念館」

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新たなビジネスの展望を!埼玉県深谷市「渋沢栄一記念館」

新たなビジネスの展望を!埼玉県深谷市「渋沢栄一記念館」

更新日:2017/04/14 17:20

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

様々な企業による不祥事が取り沙汰される昨今。温故知新の心を持って、日本の近代経済の礎に大きく貢献した人物の足跡を辿ってみてはいかがでしょうか?
数々の企業の設立や学校の運営、福祉事業、国際親善など幅広く活躍した人物、渋沢栄一。その生まれ故郷、埼玉県深谷市にある「渋沢栄一記念館」をご紹介します。

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「渋沢栄一記念館」へのアクセスと概要

「渋沢栄一記念館」へのアクセスと概要

写真:KISHI Satoru

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JR高崎線の深谷駅、岡部駅から車で約16分の場所にあるのが「渋沢栄一記念館」です。

数多くの事業を手掛け、日本の近代経済の礎を築き上げた実業家であり、教育や社会福祉、国際親善にも尽力した社会事業家でもある渋沢栄一(しぶさわ えいいち、1840年〜1931年)。

「渋沢栄一記念館」は、渋沢栄一の祥月命日である1995年(平成7年)11月11日、生まれ故郷である埼玉県深谷市に、その功績を顕彰するため開館しました。

「渋沢栄一記念館」へのアクセスと概要

写真:KISHI Satoru

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エントランスには、渋沢栄一の功績を分かりやすく伝える映像が流れています。その横には晩年と若年の時代の渋沢栄一のパネルがあり、深谷市のイメージキャラクターの“ふっかちゃん”と共に、来館者をお出迎えしてくれます。

渋沢栄一の像と榛名山や赤城山の稜線

渋沢栄一の像と榛名山や赤城山の稜線

写真:KISHI Satoru

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館内の資料室に入る前に、裏手側に向かってみて下さい。

そこには巨大な渋沢栄一の像が建てられています。もともとは1988年(昭和63年)に深谷駅前に建てられましたが、「渋沢栄一記念館」の開館に伴い、こちらに移設されました。

そして、その渋沢栄一像は何を見つめているのかというと……。

渋沢栄一の像と榛名山や赤城山の稜線

写真:KISHI Satoru

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渋沢栄一像の視線の先となる北側には、生まれ育った故郷の眺望が広がっています。ここから約1キロ先には利根川の流れ。さらに遠くには群馬県の榛名山や赤城山などの山々の緩やかな稜線。渋沢栄一が見た景観、感じた風土を、たっぷりと味わえます。

美しい螺旋階段のある展示資料室

美しい螺旋階段のある展示資料室

写真:KISHI Satoru

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展示資料室は1階部分と螺旋階段を上がった2階部分とに分れています。1階部分では、書簡や写真と共に、渋沢栄一の生涯と功績をたどることができます。

その他に、家族や親族関係の人物紹介が豊富になされているのも特徴の一つです。従兄で学問の師匠・尾高惇忠(おだか じゅんちゅう、1830年〜1901年)をはじめ、長男で、実業家の渋沢篤二(とくじ、1872年〜1932年)や孫で日本銀行総裁や大蔵大臣を務めた渋沢敬三(けいぞう、1896年〜1963年)などなど、魅力的な人物が分かりやすく解説されています。

美しい螺旋階段のある展示資料室

写真:KISHI Satoru

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渋沢栄一は、農業の他に養蚕(ようさん)や染料の藍玉(あいだま)の製造、販売などを営む家に生まれます。蚕(かいこ)を飼い、繭(まゆ)を生産する養蚕が身近であった事は、後に大きな事業へと結び付きます。

繭は製糸のために用いられます。製糸と言えば、2014年(平成26年)に世界遺産に登録された群馬県の“富岡製糸場”。1872年(明治5年)に開業した“富岡製糸場”の設立には、知識と経験が豊富な渋沢栄一も多大な貢献をしたのです。

2階では渋沢栄一の肉声も!

2階では渋沢栄一の肉声も!

写真:KISHI Satoru

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1900年代の初期には日米関係が徐々に悪化していきました。国際親善にも尽力した渋沢栄一は、1909年(明治42年)に70歳ながらも渡米実業団の団長として、約120日の間に53都市を巡り、アメリカの各地で日米関係の修復に努めたのです。

展示資料室には、人形による国際交流を行なって日米友好を図りたいとアメリカから贈られた“青い目の人形”も紹介されています。左に掲げられているのが渋沢栄一の写真。その下には遺言書も展示されています。

2階では渋沢栄一の肉声も!

写真:KISHI Satoru

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展示資料室の奥にある螺旋階段を登ると、そこでは渋沢栄一の肉声を聴くことができます。1923年(大正12年)、83歳の時の講演内容となっています。

こちらの左側には内容が文字に起こされているので、そちらを読みながら、倫理と事業の二つが重要であるとする「道徳経済合一説」を語る渋沢栄一の肉声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

視聴コーナーも完備

視聴コーナーも完備

写真:KISHI Satoru

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展示資料室とは別に、記念館の中には2階があり、そこでは渋沢栄一に関連した映像を視聴できるコーナーもあります。落ち着いてじっくりと見ることができるので、休憩を兼ねて利用するのがオススメです。

埼玉県深谷市下手計「渋沢栄一記念館」のまとめ

「渋沢栄一記念館」へのアクセスは、深谷駅北口から出ているコミュニティバス“くるりん北部定期便”も利用できます。所要時間は約30分。その他にも、旧渋沢邸“中の家”(なかんち)や“誠之堂(せいしどう)”など、ゆかりの地が豊富にあるので、そちらも一緒に巡ってみてはいかがでしょうか。

以上、企業や学校、社会福祉や国際交流など幅広く活躍した渋沢栄一の功績を学べる埼玉県深谷市の「渋沢栄一記念館」のご紹介でした。

撮影協力:渋沢栄一記念館

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/03/24 訪問

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