危険なパワースポット?加賀にあった百姓の国と城・白山「鳥越城跡」

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危険なパワースポット?加賀にあった百姓の国と城・白山「鳥越城跡」

危険なパワースポット?加賀にあった百姓の国と城・白山「鳥越城跡」

更新日:2017/01/20 14:01

きんぎょ 美歩のプロフィール写真 きんぎょ 美歩

室町時代、加賀・鳥越にあった「鳥越城」は、信長と本願寺の石山合戦と、加賀の守護・富樫家の内紛に翻弄され、富樫正親を自刃にまで追い込んだ加賀一向一揆により誕生しました。鳥越は「百姓が持ちたる国」となり、鳥越城は石山本願寺の降伏により鎮圧されるまで約100年もの間、百姓の城として存続します。苛烈な戦いの城跡は「危険なパワースポット」とも?!白山市の「鳥越城跡」と鳥越名物「一揆そば」をご紹介します!

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田園風景がひろがる白山麓 加賀・鳥越地区

田園風景がひろがる白山麓 加賀・鳥越地区

写真:きんぎょ 美歩

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石川県白山市は市街地のどこからでも名前の由来のように、白山の白い雄姿が美しく見える街です。手取川と大日川沿いにある白山市鳥越地区へは、北陸自動車道白山IC、または小松ICから国道を30分ほど進みます。

「鳥越城跡」は、のどかな田園風景の山里を一望できる鳥越山山頂にあります。眼下には鳥越地区の山里の景色が広がり、山城を築くのにうってつけの場所だったことが窺えます。

見晴らしのいい山頂から、ぜひゆっくり景色を眺めてみましょう。晴れた日は、白山や周辺の山々が美しく、絶好のシャッターチャンスです!

加賀一向一揆と百姓の国

加賀一向一揆と百姓の国

写真:きんぎょ 美歩

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鳥越城が建てられた背景「加賀一向一揆」についてご存知でしょうか。15世紀末、浄土真宗本願寺法主「蓮如」が越前吉崎に居住し、加賀各地に信仰を広めていきます。応仁の乱や下剋上など政治不安が深まる中、人々は信仰を深め、組織体制を確立していきます。

やがて富樫家の内紛に翻弄され、一時は当時の守護「富樫正親」を擁護したにもかかわらずその裏切りで、結局富樫氏を自刃にまで追い込むことになったのが、「加賀一向一揆」の始まりといわれています。そしてその騒動の後約100年にわたり、加賀は本願寺門徒による支配がなされ、「百姓の持ちたる国」が誕生しました。

加賀一向一揆と百姓の国

写真:きんぎょ 美歩

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「鳥越城」が建てられたのは、織田信長が本願寺宗派の勢力を抑えようとした「石山合戦」の頃です。本願寺派の武将・鈴木出羽守は山内宗徒を従え、白山山麓にいくつもの砦を築きました。その主城が「鳥越城」です。

苛烈な弾圧と落城 “危険なパワースポット”の所以

苛烈な弾圧と落城 “危険なパワースポット”の所以

写真:きんぎょ 美歩

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織田信長による本願寺の鎮圧、金沢城の前身である金沢御坊が陥落します。その後攻防の末、柴田勝家により加賀一向一揆の拠点である鳥越城は落城。城内の門徒衆300名余りは磔になり、周辺の7ケ村は根絶やしにされたとか。
こうして鳥越城は「一揆終焉の地」となりました。

「鳥越城跡」入口には、磔刑となった門徒衆を表す石のモニュメントがあります。また城跡には、落城の悲惨な様子を物語る「自害谷」、「首切り谷」とよばれる堀切などが残っています。鳥越城跡が「危険なパワースポット」と言われる所以ですね。


比叡山延暦寺の焼討に代表される織田軍の仏教への弾圧は、むろん鳥越城にも容赦なく、苛烈極まりないものだったようです。

苛烈な弾圧と落城 “危険なパワースポット”の所以

写真:きんぎょ 美歩

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危険なパワースポットといわれる鳥越城跡ですが、広い駐車場には公共トイレの設備もあります。城跡への林道は狭いので注意が必要です。夜間に面白半分で訪れるのは控えましょう。

鳥越城跡の見どころ

鳥越城跡の見どころ

写真:きんぎょ 美歩

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「鳥越城」は、国の史跡に指定されています。頂上部の本丸を中心に南北に長く、本丸入口には石垣と枡形門が、その周囲には腰曲輪があります。

二の丸、三の丸、後二の丸、後三の丸など、城郭は空堀や土塁を挟み、尾根を巧みに利用して配置されています。百姓の城といっても、まさに城郭はきちんと整備され、防備が固められた城だったことがわかります。

歴史に思いを馳せながら「百姓の国の城」を体感してくださいね。

鳥越城跡の見どころ

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櫓門、門、石垣、柵列などは、発掘調査をもとに復元されていて、当時の様子を窺い知ることができます。土塁、空堀、曲輪がそのまま現存されているので、古城マニアも必見。見事な堀切も見応え十分です!

鳥越城跡の見どころ

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掘立柱建物は一揆勢が建てた可能性が高いと考えられています。周囲の礎石建物は織田軍が建てたとも。城をめぐる攻防、当時の激しい戦いの様子が偲ばれます。

鳥越城に来たなら、鳥越のソウルフード「一揆そば」を!

鳥越城に来たなら、鳥越のソウルフード「一揆そば」を!

写真:きんぎょ 美歩

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鳥越山の麓には当時を再現した名物「一揆そば」があります。「一揆そば」は、普通の蕎麦の2倍もある太さの麺と、揚げたての草餅のトッピングが特徴です。

戦いの時、女衆は蕎麦を打ち、山菜や餅を入れ、それを食べて戦列に加わったとか。「一揆そば」はまさに鳥越のソウルフード!美味しいお蕎麦は、お腹にしっかり食べた満足感が残ります。昔の百姓衆も、きっと力がみなぎったことでしょう。

鳥越城に来たなら、鳥越のソウルフード「一揆そば」を!

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「一揆御膳」には、堅豆腐のお造りと自家製プリン、白山の伏流水で仕上げられた食後のコーヒーも付いています!

鳥越城に来たなら、鳥越のソウルフード「一揆そば」を!

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地元ならだれでも知っている「一揆そばの長助」。蕎麦屋の前身である豆腐屋を創業したのは70年以上も前です。30年ほど前に、鳥越地区に古くから伝わる「一揆そば」を再現しました。

もちろんそば粉は地元鳥越産です。鳥越城跡の観光の際は、ぜひ立ち寄ってご賞味ください。美味しいですよ!

加賀の重要な歴史のひとコマを体感!

鳥越城跡の真向いには、土豪の二曲(ふどげ)氏が築いた山城の二曲(ふどげ)城もあります。この城も鳥越城と同じ時代に滅ぼされています。また、機会がありましたら、こちらもぜひご覧ください!

村落の中から尾根筋に城跡へ行く道もあるので、鳥越山低山ハイクも楽しめます。山好きの方にもオススメの場所です。

「鳥越城」が陥落して、わずか数年の後、加賀百万石の礎が誕生します。
鳥越の一揆は、加賀の一地方の歴史かもしれませんが、加賀百万石を知る重要な歴史のひとコマです。ぜひ体感してみてはいかがでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/01/06 訪問

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