旅の安全を祈願した江戸六地蔵。江戸時代の繁栄に思いを馳せつつ、現代の東京散歩を味わってみよう

旅の安全を祈願した江戸六地蔵。江戸時代の繁栄に思いを馳せつつ、現代の東京散歩を味わってみよう

更新日:2017/01/15 14:51

江戸六地蔵とは江戸中期 5代将軍徳川綱吉の末期から8代将軍吉宗の初期までの12年間にわたって、江戸から各地に伸びる六街道の出入り口に江戸庶民の道中往来の安全や世間の平穏を祈願し、地蔵坊正元が建立したとされています。

いずれも全高3m程の日本最大の鋳造大地蔵です。このうち5体が現存していますので、この地蔵を全部回ってご自身の安全祈願をしてみませんか? さっそく回りやすい順にご紹介しましょう。

まずは東海道、品川に。旧東海道沿いのレトロな商店街の中にひときわ目だった存在

まずは東海道、品川に。旧東海道沿いのレトロな商店街の中にひときわ目だった存在
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お地蔵様のご鎮座は南品川の品川寺(ほんせんじ)。地蔵像建立は最も古く1708年。ちょうど5代将軍綱吉の最末期に当ります。

アクセスは京浜急行線青物横丁から徒歩5分と交通の便の良い場所にあります。京浜急行の起点、品川は新幹線も停車し、空港からのアクセスの良く、最初に立ち寄るお地蔵様としては、わかりやすくお勧めです。

また品川寺は東海七福神や江戸33観音の霊場にも名を連ねており、地蔵以外にも多くのご利益がありそうですよ(笑) 

そして建立当時は品川宿として賑わい、現在は周辺に旧東海道の商店街が立ち並び、江戸情緒あふれる雑貨屋さんや少しレトロな駄菓子屋さん、そして現代風のお洒落なカフェなど、周辺散策も時間を忘れて楽しめます。旧東海道の散歩の中で立ち寄られるのが一番のお勧めです。

次は建立順では3番目、周り順では行きやすい新宿に足を向けよう。

次は建立順では3番目、周り順では行きやすい新宿に足を向けよう。
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次は甲州街道の起点、新宿の太宗寺(たいそうじ)。アクセスは地下鉄新宿三丁目より徒歩5分です。

このお寺も新宿山の手七福神の一つ、布袋様が祀られています。江戸三大閻魔の一角を為し、地蔵像の向かいにある閻魔堂を覗いてみませんか? 地蔵像建立は1712年 7代将軍家継の頃です。

余談ですが、江戸時代中期は、5代綱吉の長期政権後、8代吉宗が就任するまで、3年余りで6代目、7代目と将軍が交代しています。こうした、短期政権が続き、民衆がやや不安を感じてる時代に、安全、安定を祈願し建立された6地蔵は、時代の申し子と言えでしょう。

さて、話をもとに戻して、この太宗寺は新宿2丁目にあり、昼間は閑静な住宅地の中にありますが、日が暮れると近隣のゴールデン街や2丁目の歓楽街が賑やかになります。夕方お参りされる方、帰りに寄り道するところには事欠きませんよ(笑)。

建立順は4番目。次なるお地蔵さまは商店街の真ん中に!

建立順は4番目。次なるお地蔵さまは商店街の真ん中に!
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周り順3番目は、中山道の起点、巣鴨にある真性寺(しんしょうじ)です。地蔵像建立は1714年、7代将軍家継の時代です。

アクセスはJR巣鴨駅から徒歩5分。「おばあちゃんの原宿」で有名な巣鴨とげぬき地蔵商店街の入り口にあり、寺院自体も御府内八十八か所霊場の一つで、訪れる人も多く、地蔵像には常に花が供えられ、線香の火も絶えません。

また、お寺の参道が商店街に抜けている関係で、お参りの前後は、商店街散策もたっぷり楽しめます。とげぬき地蔵商店街にはカレーうどんの「古奈屋」、大福の「岡埜栄泉」、赤パンツの「まるじ」をはじめ、地元の食品店も多く立ち並んでいます。

食べ歩きには最高の場所ですよ。満腹の後、お地蔵さんを参拝し、お腹と心の安全を祈願しては如何でしょうか(笑)

さて、後半の地蔵巡りは、少し地味にお参りしよう

さて、後半の地蔵巡りは、少し地味にお参りしよう
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さて、次なる六地蔵は建立2番目の東禅寺(とうぜんじ)。ここは奥州街道の起点に位置しており、江戸時代は国境であった隅田川の近くにあります。

六地蔵の中では一番東に位置しており、建立は1710年。短命政権だった6代将軍家宣の在位中に建立されました。ただ、アクセスは一番悪く、浅草駅から徒歩15-20分程あります。またお寺自体は前述3寺院に比べ小さく、地蔵像以外にも特筆すべきものはありません。 

一方周辺は昭和風情が残る住宅地で、あまり目立ったお店はありません。六地蔵巡りの中では一番地味な場所です。その分念入りのお参りができますよ(笑)

最後は隅田川を渡って、下町風情に浸ってお参りを!

最後は隅田川を渡って、下町風情に浸ってお参りを!
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最後の地蔵巡りは建立5番目の霊厳寺(れいがんじ)。ここは水戸街道の起点で、アクセスは地下鉄清澄白河駅から徒歩5分。建立は1717年 名君と謳われた8代将軍徳川吉宗の初期にあたります。

地蔵像は他の4件と少し異なり、山門からは奥の方に鎮座しています。境内を少し歩きましょう。

霊厳寺の裏手には江戸深川資料館もあり、下町の文化や風俗の展示が興味を引くところです。ただ、この辺りも住宅地域で、商店街の様に食品店などが並んでいる状況にはありません。

だから食べ歩きは難しいですが、規模の小さい喫茶関連のお店はあるので、お参りの前後に一息入れることが出来ますよ。

本当は六体あったはずですが..

江戸六地蔵はその名の通り、江戸中期に六体作られました。しかし、明治になって廃仏毀釈運動が起こり、当時六体目があった深川の永代寺は廃寺となり、地蔵は取り壊されてしまいました。

そのため現在はこの5体が、第二次世界大戦の戦火も潜り抜け現在まで残っています。日ごろの運動不足解消のためにも、ご利益祈願の地蔵巡りされては如何でしょうか?

掲載内容は執筆時点のものです。 2012/05/18−2015/12/05 訪問

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