まず、玄関は長屋門。天保9（1838）年の竣工です。隙間なく加工し、きれいに積まれた石垣で少々高くしてあり、壁は下見板張りに黒漆喰、屋根に本瓦葺きを葺いており、シックで趣があります。このような門造りは江戸期の大庄屋建築のなかでも特に壮麗な部類に入ります。方角は南東、巽門です。家相風水も取り入れ、門を繁栄の象徴に位置付けていることが判ります。
長屋門に並んで左には貴賓客用の玄関となる御成門もあり、玄関へのアプローチの両脇には庭園に紛れて防火用の水を溜めた堀も備わります。
長屋門を上がって左、入母屋造、本瓦葺きの大屋根と2メートル弱の桟瓦葺きの庇の付いた、方形の堂々たる日本建築が表書院です。貴賓客の応接のための建物になり、嘉永4（1851）年から1年半かけて造られました。主材は栂ですが、雨戸の袋戸に屋久杉、庇の垂木に京都の北山杉を使用し、所々に材へのこだわりも垣間見えます。立てられた屏風の絵や床に掛けられた日本画も貴重なもので見逃せません。
表書院の南と東には緑の豊かな庭園も配されており、飛石の打たれた先、表書院上の間の前には、駕籠を置けるほどの大きな飛石のお駕籠石も見られます。駕籠で訪れた貴賓客が御成門を通って、ここまで駕籠で運んでもらえるようになっているのです。
表書院をぐるりと回ってくると、庭園の様式に変化が見られます。これは、表書院の北に並行して立つ中座敷の先に茶室・臨池亭があるからです。表書院の北西にも容膝（ようしつ）亭という茶室があり、庭園はここからのアプローチを演出した庭、露地（茶庭とも）の形式へと変化しているのです。
時に庭石を覆いながら、水の流れのように柔らかく、しなやかに繁茂する苔が非常に美しいです。見た目から想像できるように石は島、苔は大池を象徴しており、築山に蓬莱山となる石と三尊石を据えています。築山の頂上を源流とする枯滝から流れ出た水が石橋を通り、大池に注いでいるように演出した庭園設計です。この大池を臨む位置にあるので臨池亭という名なのです。
一般的に縮景ではなく、等身大の山間の風情「市中の山居」の佇まいを旨とする露地にあって、こうした概念を打ち崩している珍しい例を示す庭園でもあります。こういった部分にも既成概念にとらわれない豪商の性格が表れているのかもしれません。
露地を抜けて、裏手を回ります。ここに台所や従業員の食堂、掘っている途中に終戦を迎えてしまった浅い防空壕や、味噌蔵が続き、敷地内北に並ぶ土蔵群に至ります。北から岡蔵、新蔵、書類蔵、大蔵、内蔵と5棟も並ぶさまはさすが“日本の塩田王”の邸宅だと感じられます。
下見板張りに鮮やかな海鼠壁が印象的ではありますが、よく見ると大きさや窓、海鼠壁の位置がまちまちで面白いです。大蔵を第一展示館として入浜式塩田や流下式塩田、現在の製塩の製法等を紹介し、岡蔵を第二展示館として野﨑家が所有する美術品を展示替えしながら時期に応じて紹介しています。
野﨑家として収蔵する当主によって集められた美術品の数は約1万5000点という膨大なもの。これらは見学エリアから隔てられた宝物庫に納められており、この中から名品を少しずつ展示しています。多彩な雛人形の展示が人気を集める一方、狩野派や岸駒、原在中など著名な日本画の大家の作品も多く展示しており、こちらも見逃せません。
野﨑家は明治期以降も財力を保ち続け、多額納税者議員として貴族院の議員になった当主もいたほどでした。野﨑家の旧宅は野﨑家が衰微することなく繫栄し続け、戦火からも無事免れることができたため、こうして今も見ることができます。
建築は創建当初からの保存状態が稀なほど良いことから国重要文化財に指定され、庭園や美術品も貴重なものが揃います。また、実業家の大邸宅は当主の趣味の良し悪しが如実に顕れますが、野﨑家の趣味の良さも感じられ好感が持てます。野﨑家塩業歴史館は一見の価値あるスポットです。
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(2024/4/27更新)
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