ドイツのほぼ中央に位置するハノーファーからSバーンに乗り換えておよそ45分。「笛吹き男」伝説が伝わるハーメルンの中央駅に到着します。
駅前にはネズミのモニュメントが設置され、さらに地面には無数のネズミの姿が描かれていて、早くも伝説の中に迷いこんでしまったかのような感覚に陥ります。
1284年、町に大発生したネズミを笛の音で川に溺れさせ、退治した謎の笛吹男。彼は報酬の約束を破ったハーメルンの市民に腹を立て、6月26日の朝、再び笛を奏でて140人もの子どもたちを連れ去り、二度と戻らなかった―。
これが、「ハーメルンの笛吹き男」伝説のあらすじです。
「昔話」や「メルヘン」と異なり、「伝説」とは実際にあった出来事を伝えるもの。この「笛吹き男」の話も、明確に時代や日時が特定されていて、実際に起こった出来事として伝えられています。
果たして失踪した子どもたちに何が起こったのか? 大規模災害説、伝染病説、東部移住説、少年十字軍説などあらゆる仮説が出されてきましたが、いまだに有力な説明はなされていません。
駅から歩いて15分ほどで、ハーメルンの旧市街に到着します。
東門から町の中に入ってすぐ左手に見えるのは、「ネズミ捕り男の家」。
1603年に建てられたこの美しい建物は、今ではハーメルンで最も有名なレストランになっています。
鍛冶屋仕事でつくられた見事な看板が目を引きます。
店の名物の「ネズミのしっぽ料理」は、豚肉の細切れを使った肉料理。ドイツはどこでも肉料理がさかんですが、この店の料理もどれも深い味わいに満ちています。
建て替えられる前のこの建物には、「笛吹き男」が泊まったという言い伝えもあるようですが、事実かどうかは定かでありません。
建物の右横の壁には、子どもたちの失踪を伝える碑文が残されています。
レストラン「ネズミ捕り男の家」のすぐ隣は、「舞楽禁制通り」と名付けられた小径です。
言い伝えによると、6月26日の早朝、笛吹き男は町はずれの広場に子どもたちを集めた後、この道を通って大通りへと抜け、東門から町の外へ出ていったとされています。
そのことを悼んで、今でもこの道を通るときは、音楽を奏でたり踊ったりしてはなりません。
たとえお祭りの日でも結婚式の日でも、人々はこの通りを通るときは静かに歩きます。
こんなことからも、700年前の伝説が今に至るまで語り伝えられていることがうかがえます。
ハーメルン旧市街のメインストリートであるオスター通りは、この町で最もにぎわっている通りです。
数々の土産物屋やレストラン、カフェなどが建ち並び、多くの観光客でにぎわいます。
土産物屋には、ネズミのぬいぐるみやキーホルダー、「ネズミ殺し」と名付けられた火酒など、ありとあらゆるネズミグッズが売られています。
一番人気である、実物大のネズミの人形は何と乾パン製。通りのいたるところで売られています(食べることはできません)。
通りの中ほどには「ハーメルン博物館」があり、町の歴史や笛吹き男伝説について幅広く知ることができます。
運が良ければ、笛吹き男に扮した人による、語りと演奏のパフォーマンスを見ることができるかも。
オスター通りを進み、旧市街のほぼ中央に位置するのが「マルクト教会」です。
ロマネスク様式とゴシック様式が合わさった美しい教会。第二次大戦で全壊した後、1950年代に再建されたとのことです。
内部には、笛吹き男のステンドグラスも飾られています。
現存する最古の笛吹き男の水彩画は、このステンドグラスをもとに描かれたとされています。
教会前の広場は野外劇場になっていて、毎年5〜9月中旬の毎週日曜には、市民たちによる笛吹き男伝説の芝居が上演されます。
教会のすぐ隣にあるのは、現在は市庁舎になっている「結婚式の家」と名付けられた建物。
この建物には仕掛け時計が作られていて、毎日13:05、15:35、17:35には笛吹き男とたくさんのネズミ、子どもたちが笛の音に合わせて現れます。
どこか物悲しいメロディーを聞いていると、700年前にこの町でいったい何があったのかという思索に、しばし耽ることができます。
決して大きな町ではないものの、その限られた範囲の土地にさまざまな歴史的な魅力がぐっと凝縮されている町、ハーメルン。
単純な観光名所とは一線を画すこの町で、しばし中世の町の雰囲気と、時をこえて語り継がれてきた物語に触れてみてはいかがでしょうか?
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(2024/4/24更新)
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