写真:ShinYah シンヤ
地図を見るプラハ城は、チェコ・プラハ市街地の北西部にある「フラッチャニ」という名の丘の上にあります。城壁で囲まれたプラハ城の中には、聖ヴィート大聖堂の他にも鮮やかな赤の外壁が美しい聖イジー教会や旧王宮、フレスコ画の美しいルネッサンス様式のロジェンベルク宮殿などがあって、プラハ城とはこれら複数の建物が集合した複合型建築を差すものです。
プラハ城がおよそ現在の姿になったのは14世紀頃。ボヘミア王国の時代から続くその雄大な佇まいは、カレル橋をはじめプラハ市街地のどこからでも望む事が出来るほか、ペトシーン公園の展望台やテレビ塔(タワーパーク・プラハ)から眺めれば、また違った魅力が発見出来ます。外壁の中の建物は9世紀頃から14世紀頃にかけて少しずつ段階的に建造された為、それぞれに各時代のプロセスが如実に表れており、そんな建築史の課程を肌で感じられる事も魅力の一つです。
写真:ShinYah シンヤ
地図を見るプラハ城のあるフラッチャニの丘へ行くには、トラムの利用がおススメ!市街地から歩いて行く事も出来ますが、その道のりは歩き難い石畳の歩道に加えて坂道が多く、あまりおススメ出来ません。
22番のトラムを利用すれば、旧市街界隈からブルタバ川を渡り新市街を経由して、およそ20分で最寄の停留所(Prazsky hrad)に到着します。足場の悪い上り坂は路面電車に任せて、美しい街並みを眺めながらのんびりと向かいましょう。
写真:ShinYah シンヤ
地図を見るプラハ城の中で一際大きく、雄大な佇まいを魅せるのがこの聖ヴィート大聖堂。正式名称は「Katedrala svateho Vita, Vaclava a Vojtecha」で、ここには大聖堂の創立に携わった「聖ヴィート」「聖ヴァーツラフ」「聖ヴォイチェフ」の3名の聖人の名前が使われています。建築は14世紀中頃から始まり、途中戦火に見舞われながらも数多くの建築家の腕によって建造が進められ、1929年に漸く完成に至りました。
歴史を感じさせるこの重厚なゴシック様式の建物は、ウィーンの旧市街にあるシュテファン大聖堂をはじめ、中央ヨーロッパにある数多くの教会の建築にも大きな影響を与えたとされています。塔の高さは96mにもなり、これはヨーロッパの中でも有数の高さです。
写真:ShinYah シンヤ
地図を見る聖ヴィート大聖堂の内部は、白を基調とした美しい講堂です。この大空間の広さは、幅60m、奥行きが124m、天井の高さは34mにも及び、天井付近は自然光が差す窓が設けられていて明るく、また建物正面に見られた円形状の模様は、中から見るとステンドグラスになっている点は注目のポイントです!。
観光客は、主聖堂の周りを時計回りに進む順路に従って見学しますが、ここには歴代の王の墓が集約されており、祭壇の前にはハフスブルク王の墓、その右側には1736年に銀から作られた聖ヤン・ネポムツキーの墓碑、またこの聖堂の地下にもヴァーツラフ4世などが眠る神聖な場所です。節度を持った見学を心がけましょう。
写真:ShinYah シンヤ
地図を見る主祭壇のある講堂の両サイド、重厚な柱に囲まれた回廊には、壮大で美しいステンドグラスが幾つも並んでいます。その中でも特に注目すべきなのは正面に向かって左側、入口から数えて3つ目のステンドグラスです。
これはアールヌーヴォーの画家Alfons Mucha(アルフォンス・ムハ1860-1939)の作品で、祖国への恩恵が込められたもの。その優れた色彩感覚で描かれた鮮やかな色使いと構図は大変美しく、見る者を魅了します。
この作品はボヘミアにおけるキリスト教の象徴が描かれており、このステンドグラスに描かれているのは沢山の聖人たち。この地にキリスト教を広めたとされるギリシャ出身の兄弟(聖キリルと聖メトディウス)の他、チェコの守護聖人とも言われた聖ヴァーツラフも、この作品の中に描かれています。
パリやアメリカでも活躍した彼の作品は、プラハ本駅近くにあるおよそ100点もの作品が展示された「ムハ美術館」でも見る事が出来るので、是非足を運んでみて下さい。
聖ヴィート大聖堂では日曜日の午前中にミサが行われますが、その間観光客は講堂へ立ち入る事が出来なくなるので注意が必要です。この時間帯にプラハ城へ訪問の際は、城内にあるその他の施設を見学したり、正午に正門で行われる衛兵の交代式を見学する等、午後になるまで時間を潰しましょう。
いにしえの王の軌跡と美しいステンドグラス、プラハ城・聖ヴィート大聖堂へ、皆さんも偉大な歴史を感じに是非とも足を運んでみて下さい。
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(2024/4/24更新)
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