1300年の古代ロマン!高崎市「上野三碑」は世界記憶遺産候補

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1300年の古代ロマン!高崎市「上野三碑」は世界記憶遺産候補

1300年の古代ロマン!高崎市「上野三碑」は世界記憶遺産候補

更新日:2017/07/13 16:14

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 武蔵国ナビゲーター、歴史探索ブロガー

ユネスコの三大遺産事業の一つが世界記憶遺産。「世界的に後世に伝えることが重要な文書」を保全・公開する事業で、ベートーベン自筆の第9の楽譜やアンネの日記など世界で348件が登録されています。
そうした中、2017年の登録を目指して国内候補となったのが群馬県高崎市の「上野三碑」。国内では特別史跡に指定されている貴重な文化財です。登録後の喧騒の前に貴重な文化財をご紹介しておきましょう。

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上野三碑とは?

上野三碑とは?

写真:Naoyuki 金井

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平安時代以前の石碑で現存する石碑は、日本全国は18基しかありません。
その内の3基が、群馬県にある「山上碑」(681年)、「多胡碑」(711年頃)、「金井沢碑」(726年)です。
この三碑は、群馬県高崎市の半径約1.5km以内に集中し、更に前後50年の間に建立された全国でも稀有な石碑です。現在の群馬県が当時上野国と呼ばれていたことから「上野三碑」と命名され、すべて国の特別史跡に指定されています。

まずはここから「多胡碑記念館」

まずはここから「多胡碑記念館」

写真:Naoyuki 金井

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上野三碑を理解する施設が「多胡碑記念館」で、上信電鉄吉井駅から徒歩約30分の高崎市吉井町の"吉井いしぶみの里公園"にあります。
公園内には記念館の他、移築復元された2基の古墳と古代蓮の池、様々な歌碑が建立されています。また公園内の石垣には多胡碑に刻まれた漢字があちこちにあしらわれているので探してみてください。

まずはここから「多胡碑記念館」

写真:Naoyuki 金井

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記念館は多胡碑の記念館として設立されましたが、現在は多胡碑のみならず三碑に関する展示や資料がありますので、最初に訪れるのをおススメします。また古代中国を始めとした様々な文字の拓本などもありますので、書道史としても必見です。

まずはここから「多胡碑記念館」

写真:Naoyuki 金井

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記念館には、貴重な資料がたくさんありますので、じっくり見学して下さい。
そして是非試して頂きたいのが拓本体験で、多胡碑に刻まれた漢字を記念に持ち帰れます。
悠久の歴史に浸って下さいね。

1300年前の世情を知る「多胡碑」

1300年前の世情を知る「多胡碑」

写真:Naoyuki 金井

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三碑の最初の「多胡碑」は、吉井いしぶみの里公園に隣接した場所にあり、この一角は国の特別史跡に指定されています。多胡碑は保存管理の為に立派な覆屋の中にありますが、ガラス越しに実物を見ることができます。

1300年前の世情を知る「多胡碑」

写真:Naoyuki 金井

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多胡碑は、上野国(現在の群馬県)の14番目の郡として、奈良時代初めの和銅4(711)年に多胡郡が作られたことを記念して建てられた石碑です。渡来人と思われる"羊"と云われる人が初代の郡長官になったと碑に刻まれおり、藤原鎌足の子、藤原不比等などの署名があることから、多胡郡が東日本での重要な拠点であることを物語っています。
更に注目すべきことは、18世紀中国の楷書辞典である「楷法溯源」に多胡碑碑文から39字が手本として採用された、書道史としても実に貴重な碑なのです。

1300年前の世情を知る「多胡碑」

写真:Naoyuki 金井

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そして多胡碑の周辺には、最初に多胡碑他三碑の保存を指示した初代群馬県令・楫取素彦の歌碑や、英雄・羊太夫伝説の「羊さまの榎」がありますので、周辺の散策も楽しんで下さい。

完全形では日本最古の「山上碑」

完全形では日本最古の「山上碑」

写真:Naoyuki 金井

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「山上碑」は、上信電鉄線山上駅から徒歩約20分の山里です。山里と云っても宅地の先で、舗装された道路ですので気候の良い日はのんびり歩くのも良いでしょう。
現在、世界記憶遺産登録を目指していることから駐車場も整備され、僅かながらの未舗装部分も遊歩道が整備されていますので、見学も非常に楽です。

完全形では日本最古の「山上碑」

写真:Naoyuki 金井

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遊歩道を上がるとやがて見えてくるのが、覆屋と古墳です。
「山上碑」は飛鳥時代の681年に建立されたもので、これより古い石碑は京都の宇治橋断碑しかありません。しかし、宇治橋断碑は文字通り石碑の断片ですので、完全な形で残っている石碑としては日本最古のものです。東国では当時最古級の放光寺の僧・長利が母の為に供養した墓誌で、母と自分の系譜を記して顕彰したのです。
そして横にある古墳は約15mの円墳で、僧・長利の母方の祖父の墓として造られ、後に母も追葬されたと考えられています。

完全形では日本最古の「山上碑」

写真:Naoyuki 金井

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この山上碑は史料としても大変貴重なものですが、注目はその碑文です。
碑に刻まれた4行53文字は、まだ「てにおは」が完成していない時期に、現在の日本語の語順で漢字を並べた史部流という表現方法が使われています。漢文から日本語への変遷の歴史が垣間見られる一級の文化財です。

群馬県名のルーツを記す「金井沢碑」

群馬県名のルーツを記す「金井沢碑」

写真:Naoyuki 金井

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「金井沢碑」は、山上碑の最寄り駅から駅一つ離れた上信電鉄根小屋駅から徒歩10分の場所にあります。
電車で移動するのも良いですが、金井沢碑と山上碑は約5kmほどの距離で、この間は万葉和歌を詠んだ碑が建つハイキングルート「石碑の道」として整備されていますので散策するのも良いでしょう。

群馬県名のルーツを記す「金井沢碑」

写真:Naoyuki 金井

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こちらもかなり立派な覆屋で保存されています。
「金井沢碑」は、神亀3(726)年に建てられた石碑で、山上碑に記された有力豪族の末裔が建立しました。当時としては最新の文化である仏教思想によって先祖の供養、一族の繁栄を祈願したもので、特に家族の中の女性の力が強かったことを物語っています。

群馬県名のルーツを記す「金井沢碑」

写真:Naoyuki 金井

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碑には9行112文字が刻まれており、冒頭の「上野国群馬郡下賛郷高田里」の記述が、当時の行政制度を確認することができる貴重な文献です。特に碑文にある"群馬"の文字は、県内では最古の事例で、群馬県名のルーツを知る重要な資料でもあるのです。

「上野三碑」1300年の浪漫を120%楽しむ方法

高崎市では現在、世界記憶遺産登録に向けてインフラの整備が急ピッチで進められています。
前述したように整備されていなかった山上碑と金井沢碑の散策路を木道の遊歩道に作り替え、トイレや駐車場も設置しています。
鉄道関係では、最寄り駅から歩くには遠すぎる多胡碑の近くに新駅を作る構想もあり、これから更に利便性が良くなって行くはずです。

こうしたインフラ整備に伴い遊び方も多彩になります。
大きな特徴は三碑が上信電鉄沿線の近距離に集まっていることで、ドライブ以外に、電車、サイクリング、ウォーキングと移動手段に応じた遊び方が可能になります。そして上信電鉄は群馬県の玄関口高崎駅が始発なので、高崎白衣大観音などの市街観光と合わせることもできます。また、三碑の最寄り駅の先には世界遺産「富岡製糸場」の最寄り駅上信電鉄上州富岡駅がありますので、世界遺産・世界記憶遺産のハシゴも可能です。

1300年の浪漫を語る「上野三碑」のこれからに目が離せませんね。

※2017年世界記憶遺産候補は「上野三碑」と外交官の故杉原千畝氏がユダヤ人に発給した「命のビザ」です。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/09/03 訪問

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