関ヶ原ウォーランドは約1万坪という広い園内で人形を使って、関ヶ原の戦いを再現したテーマパークです。人形を作ったのは浅野祥雲という有名なコンクリート人形作家で、愛知県の五色園や桃太郎神社、そしてここ関ヶ原ウォーランドが三大聖地として有名です。関ヶ原の戦いを再確認するという意味でも役立ちますが、珍スポットとしても知られていて、祥雲ファンや珍スポット好きなど、毎年かなりの人が訪れています。
園内には武田信玄もいます。信玄は関ヶ原の戦い以前の1573年、30年近く前に死んでいるのですが、あの世から亡霊になって戻ってきて、戦の凄惨さを訴えるべく、ここ関ヶ原にあらわれました。たくさんある人形の中で亡霊は信玄だけですが、武将たちのなかでも断トツの存在感ではありませんか!ノーモア関ヶ原という言葉は、武田家も滅亡しただけに、一層胸にせまりますね。
しかしその願いもむなしく皆様ご承知の通り、関ヶ原の戦いの後、大坂冬の陣、夏の陣と戦は続いたのでした。
家康公の前で捕らえられた武者たちがひれ伏しています・・・ではなく、観光客が人形たちにまじってひれ伏しているのです。人形は遠くから見ると妙にリアルで観光客がこの中に入り込んでも違和感があまりありません。見るだけでなく、人形に交じって登場人物を演じるという楽しみ方もあります。
甲冑の貸し出しもしているので、戦国武将になった気分で、この世界に入り込んでみてはどうでしょう。
園内には遠江・井伊谷の女城主、井伊直虎ともかかわりがある武将がいます。徳川四天王の一人である井伊直政がその人です。浜松の弱小一族の出身だった直政も破格の大出世、直政の人形の前にはちゃんと名札があり、ここ関ヶ原ウォーランドでは大物武将の扱いです。
NHKの大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公である井伊直虎は、彦根藩初代藩主である井伊直政の養母・後見人として知られています。直政が当主となる前に、中継ぎの城主として後を継いだのが出家していた井伊直虎だったのです。井伊家は静岡県浜松市に根拠地を持つ一族で、今川・織田・徳川という大名の間で揺れ動き、一族は領主の地位も失いかけました。
かつて直虎のいいなずけであった亀之丞改め直親亡きあと、直虎は直親の子である直政を守り、最終的には直政を徳川家に仕えさせることに成功しました。直政は「徳川四天王」といわれるほど出世しました。井伊家を大老になるような名門にするきっかけを作ったのです。直政は関ヶ原の合戦の傷がもとで数年後に亡くなりましたが、直虎が守った井伊家は「桜田門外の変」で暗殺された大老・井伊直弼を出すなど、名門として名前を残しました。
園内では井伊直政をはじめ、たくさんの武将や足軽たちが天下の行方をかけて戦っています。その中には徳川家康、石田三成、大谷吉継など、大河ドラマでおなじみの有名武将もそろっています。なぜか武田信玄もいます。
涙あり、人間ドラマありの関ヶ原ウォーランド。ぜひ、ここ関ヶ原で戦国時代にタイムスリップしてみて下さい。
名神高速道路、関ヶ原ICから車で5分。
JR東海道本線、関ヶ原駅下車。タクシーで5分、徒歩ですと25分かかります。
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(2024/4/19更新)
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