紀州路、豪壮な池泉庭園を歩く〜琴ノ浦温山荘園〜

紀州路、豪壮な池泉庭園を歩く〜琴ノ浦温山荘園〜

更新日:2016/08/21 19:21

琴ノ浦温山荘園とは、和歌山県海南市にある実業家・新田長次郎氏の別荘です。海辺に位置し、海に突き出す小山までをも抱えた庭園の面積は5万9400平方メートル。和歌山でも随一の規模を誇ります。規模が大きいだけに池泉や石燈籠も大きく、池泉の水を海から引いているため、潮の干満によって池泉の水位も変わってしまう面白い点も見られます。いわゆる名庭とは少し変わった楽しみ方ができる魅力を秘めているのです。

まずは「主屋」

まずは「主屋」
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まずは、別荘をご紹介します。入母屋造と寄棟造の屋根を雁行して並べた外観が特徴で、設計は愛媛県松山市に現存する萬翠荘や愛媛県庁などを設計した木子七郎です。庭園の小高い丘の上に建てられているため庭園の眺めが素晴らしいです。

天井には当時最新の建築資材であった合板のベニヤ板を使用し、ケヤキの一枚板を使用した床や、成長が遅く木目がきれいなツガの柾目材の柱など建築材にもこだわりが見られ、平成22(2010)年には優れた意匠性を評価されて重要文化財に指定されました。桂太郎、東郷平八郎、清浦圭吾、秋山好古らの直筆扁額が掲げられており、こちらも見逃せません。

ちなみにこの建物には地階もあります。当時、公共施設以外にはまだ普及していなかった鉄筋コンクリート造で建造されており、柱を減らして広く取りながらも頑丈に造られた空間は、ダンスホール等に利用されていたそうです。

豪快かつ繊細な欄間彫刻

豪快かつ繊細な欄間彫刻
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広間の上部には欄間彫刻も見られます。材は屋久杉です。設計した年の縁からウサギを主役にし、神話の「因幡の白兎」をイメージして作られた、波を駆ける躍動感あるウサギの姿が透かし彫りされた「波に兎」の作品です。実業家の別荘らしい豪快な構図に反し、波やウサギには緻密な技芸が施されています。このような欄間彫刻は他にお目にかかれないでしょう。

作者は高村光雲に師事し、明治期から大正期にかけて活躍した彫刻家・相原雲楽。前述した萬翠荘の内装も手掛けています。主屋はここの欄間だけでも必見です。

名石・紀州青石の石橋

名石・紀州青石の石橋
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主屋西側の庭園はすぐ山が迫り、池泉は南北に細長くなっています。この池泉に東屋を乗せた島があり、これに2つの石橋が架かっています。主屋に近い方が紀州青石、その奥に架かるのが四国の青石です。四国の青石には、阿波青石や伊予青石がありますが、紀州、阿波、伊予いずれにしても庭石などに重宝される名石として名高いものです。

庭園の岩はどちらも巨大な一枚岩で、岩の価値、運搬費用など莫大なお金をかけてここに架けられていることが容易に想像できます。とりわけ紀州青石の石橋は大きく、長さ約9メートル、 幅約2.2メートルの圧巻なもので「億」の価値を持つ代物のようです。

なお、池の中央部には同じく紀州青石を使用した沢渡りが設けられています。しかし、踏止石には花崗岩を用いており、青石との対比を狙っています。沢渡りは水面に近く、満潮時には沈んでしまうのも面白いです。この沢渡りの先にはトンネルがあります。

圧巻の青石トンネル

圧巻の青石トンネル
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沢渡りの先、山を貫いて手掘りで開削されたトンネルがあります。長さは約37.7メートル。庭園に海からの涼しい風を送り込むため、掘られました。トンネルの先はプライベートビーチになっており、かつては海に沈む夕陽を眺めることができました。

さぞ、苦労して掘られただろうとトンネルの壁面を見ると細かい層が走り、表面はぼろぼろと崩れやすくなっています。トンネルを出て振り返ると、岩石が剝き出した山の表面には青く細かな層が走る緑泥片岩が見られます。そう、こちらも紀州青石なのです。

大阪府岬町まで続く泥岩の地層が隆起してしまったものが小山の正体らしく、実はここでも紀州青石の美しさが楽しめます。

擬石と多彩な石灯籠

擬石と多彩な石灯籠
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広大な庭園内には、紀州青石以外にも多くの石が見られます。数多くの飛び石や護岸の石、庭石に石燈籠。これらもここの庭園の特徴です。飛び石をよく見ると、軽く凹凸が付いているものの妙など表面が平たかったり、全く変わらない色味の石がいくつも続いていたり、不自然なひびが入っていたりします。これらはコンクリート製の擬石です。

主屋地階にも用いられていましたが、コンクリートそのものが当時最新の建築資材であり、コンクリートの試作に自然石を模して石を製作しては庭園に散りばめました。茶室の塀にもコンクリート製擬木が見られます。

また、石燈籠も多彩で面白いです。社寺に用いられる背の高い八角灯籠、これに十二支を彫った灯籠、背は低いぶんどっしりと地面に鎮座している雪見灯籠、マリア像を彫り込んだ織部灯籠風のマリア灯籠、自然石を積んで灯籠風に仕立てた化け灯籠など実にさまざまです。

こんなに変わった庭園はここでしか見られません

いかがだったでしょうか。主屋と庭園の石に注目して琴ノ浦温山荘園を紹介いたしました。主屋は誤りの無いように一流の人々に依頼して造られただけに建築物として非常に優れ、適度に西洋風を取り入れ、材にも細かなこだわりを見せるところには当時の実業家らしいものが感じられます。

一方、庭園では定石にとらわれようとはしません。資金力を存分に見せつけ、分かりやすく一般的ではない庭園をつくり上げました。しかし、それだけではいけないと擬石や石燈籠でユニークさを出します。実は主屋東側の庭園の池泉にはボラやハゼなどの魚も生息しています。

「情趣に優れた庭園か」という質問はここでは愚問です。ユニークな庭園で、ここでしか見られない意匠や特徴を見つけて楽しんでください。それがここでの正しい鑑賞法です。

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