関東随一の古社・鹿島神宮で巨木巡り〜広大な社叢は巨木の宝庫

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関東随一の古社・鹿島神宮で巨木巡り〜広大な社叢は巨木の宝庫

関東随一の古社・鹿島神宮で巨木巡り〜広大な社叢は巨木の宝庫

更新日:2016/08/05 17:53

大木 幹郎のプロフィール写真 トラベルjpナビゲーター 大木 幹郎 巨木マニア、低山登山家、ブロガー

関東随一の古社である鹿島神宮は、茨城県の太平洋岸・鹿島灘に面した台地に鎮座しています。古代から江戸時代まで、歴代の政権から崇敬の篤かった別格の古社は、今も変わらず、全国から大勢の参詣者が集う地です。鹿島神宮の魅力は、由緒や御神徳に、重要文化財である多くの社殿や宝物。そして、約40ヘクタールの広大な社叢。巨木の宝庫である広大な社叢から、代表的な巨木をご紹介。鹿島神宮の神聖なる社叢での巨木巡り。

鹿島神宮の巨木・駐車場の大椎〜見落としがちな名木

写真:大木 幹郎

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巨木の宝庫である鹿島神宮の社叢から、5本の代表的な巨木をご紹介。その前に、鹿島神宮について少しご説明を。

鹿島神宮は鹿島灘と霞ヶ浦、海と湖に挟まれた、鹿嶋市の中央に鎮座する全国にある鹿島神社の総本社。社伝によれば、創建は神武天皇の代(紀元前660〜)と極めて古く、祭神は武神とされる武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)です。平安時代以前には、朝廷の東国(関東)の管理と、蝦夷地(東北)への戦略的な拠点の1つとして栄え、後に歴代の武家政権(藤原、源氏、徳川など)の崇敬と庇護のもと繁栄しました。

現存している重要文化財の社殿や楼門は、徳川家や水戸藩により奉納されたもの。約70ヘクタールもの広大な境内のうち、約40ヘクタールは鬱蒼とした社叢で、茨城県の天然記念物に指定されています。広い社叢の中には、神社の長い歴史を物語る、多くの巨木が存在しているのです。

最初にご紹介する巨木は、第1駐車場の隅に立つスダジイ(椎)の巨木。大鳥居(二之鳥居)と参道のある位置から少し離れているので、見落としがちな巨木です。大椎は、幹周5.2m、樹高10m、推定樹齢800年もの巨木で、境内に立つ椎の中では、最大級の個体。根元から横に大きく傾いた樹形が、何だか恐竜のよう。参詣の折、大鳥居を潜る前後で、必ず見ておきたい1本です。

鹿島神宮の巨木・二郎杉〜境内で2番目に大きな巨木

写真:大木 幹郎

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2本目にご紹介する巨木は、境内で2番目に大きいとされる二郎杉。二郎杉が立つ場所は、寛永11年(1634)に水戸藩主に造営されたという、大きく美しい朱塗りの楼門(国指定重要文化財)の右後方です。二郎杉は幹周6.35m、樹高40m、推定樹齢700年もの巨木。根元に近い太さを維持したまま、空高く単幹で伸び上がった端正で見事な立ち姿。上部では傘のように枝葉を茂らせています。鹿島神宮を代表する巨木の1本と言えるでしょう。

大鳥居から楼門まで続く参道の両脇にも、杉や椎の巨木が立ち並んでいますので、注目してみて下さい。なお、境内で最大の巨木は、本殿の背後に立つ御神木の大杉です。

鹿島神宮の巨木・仮殿の三本杉〜中腹には大きな宿木

写真:大木 幹郎

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仮殿は、北を向いた鹿島神宮の本殿と、参道を挟んで向かい合う位置に建っています。仮殿は、本殿造営の際に、一時的に御祭神を安置するために、元和5年(1619)に建てられた国の重要文化財。この仮殿を囲むように3本の大杉が立っています。3本の大杉は、先にご紹介した二郎杉のように、目を見張るほどの大きさはありませんが、古社を囲む大杉たちには、神秘的な雰囲気があります。

注目すべき見所は、仮殿の正面に立つ1本(写真左)。その中腹には大きな椎の宿木が生えているのです。これほど大きな宿木を目にされるのは、初めての方も多いのではないでしょうか。是非、大杉の根元を一周して見上げてみてください。

仮殿の隣(社務所と併設、写真からは左)には、鹿島神宮の見所の1つである宝物館があります。宝物館は、神社に奉納されてきた品などを展示する博物館のようなもの。展示品には重要文化財に指定されたものも少なくありません。貴重な展示物の目玉は、国宝である直刀の「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」。奈良時代に製作された長さ2.25mの大刀は大迫力。

鹿島神宮の巨木・本殿の御神木〜境内で最大の巨木

写真:大木 幹郎

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鹿島神宮で最大の巨木、それは本殿の背後に立つ御神木。御神木をご紹介する前に本殿について少し説明を。国の重要文化財である鹿島神宮の本殿は、3つの社殿と渡り廊下で構成されています。北から拝殿−幣殿−石の間−本殿という造りです(石の間:短い渡り廊下)。建物はすべて元和5年(1619)に徳川秀忠の命により造営されたもの。拝殿や幣殿も見事ですが、特に本殿が美しい姿。全体が朱塗りで、精巧な極彩色の装飾が施された神の社は、息を呑む美しさ。

本殿の背後に立つ御神木は、幹周10.8m、樹高43m、推定樹齢1200年とされる別格の巨木です。一言では言い表せない荘厳な雰囲気を纏った、神の柱とも形容できる、素晴らしい立ち姿の巨木。

なお、拝殿の正面以外、幣殿と本殿には近づくことができない、一般には未公開の神域です。拝殿の正面からは、御神木の上部しか眺められません。でも大丈夫。拝殿から少し離れた西側に、柵沿いに本殿と御神木を眺められる絶好の観賞地点があります。この場所からであれば、美しい本殿の側面と、御神木の幹の下部まで眺めることが可能です(根元は見えない)。

鹿島神宮の巨木・奥宮の御神木〜社叢の奥地に佇む古木

写真:大木 幹郎

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最後にご紹介するのが、奥宮の御神木。奥宮は、楼門から本殿の前を通り、東へ長く続く奥参道の終点、鹿園を過ぎた先に鎮座しています。徳川家康により慶長10年(1605)に造営された国の重要文化財です。現在の本殿が造営(元和5年・1619)されるまでは、奥宮が本殿でした。

本殿と同様、奥宮の背後にも御神木といえる杉の巨木が立っています。大きさは、先にご紹介した二郎杉を一回り小さくしたもの。大きさでは、本殿の御神木や、二郎杉には劣りますが、中々に見事な立ち姿です。大木が立ち並ぶ社叢の奥地という立地と、隣接する風格極立つ奥宮が、この大杉の立ち姿により一層、箔を付けています。本殿の御神木に劣らぬ風格を持ち、そして根元まで接近できるのも魅力(根を踏まないようにしましょう)。

奥宮から先、正面(北)へ進めば御手洗池、横に続く道(南)を進めば要石です。御手洗池は、禊が行われる神聖な湧き水の池で、透明度の高い澄んだ水が綺麗。そして池の上まで伸びた椎の巨木が独特な景観を作っています。要石は直径30cmほどの石ですが、伝説では、地中に埋まった巨岩の一部で、地中に潜み大地震を起こす、怪物の大ナマズを抑える為の杭であるとされています。

おわりに

以上、鹿島神宮の巨木巡りでした。鹿島神宮には、由緒ある歴史と御神徳(御祓・御祈祷・祈願)、立派な社殿に貴重な宝物の見学を目当てに、多くの参詣者が訪れています。本殿や奥宮の他にも摂末社も多く、鹿園・要石・御手洗池といった見所も多い境内。そして、これら社殿や多くの史跡を包む、社叢それ自体が見所でもあるのです。神宮の長い歴史の生き証人である、御神木や二郎杉をはじめ、多くの巨木が茂る社叢こそが、外界からこの地を守り、神域たらしめる、鹿島神宮の最大の見所ではないでしょうか。

最後に大鳥居のついての小話と、周辺の観光についてのご紹介です。
■大鳥居(二之鳥居)
参道の入り口に立つ大鳥居は、2014年に再建された木造のもの。元の石造りの大鳥居は、2011年の東日本大震災で倒壊したのです。大鳥居は、高さ10m、幅14m、使われた材は、境内に立っていた4本の大杉。柱に樹齢500年の大杉が2本、笠木は樹齢600年の大杉、貫は樹齢200年の大杉。笠木に使われた大杉は、御手洗池の近くに立っていたのもので、切株を間近に見ることが出来ます。これらの材木を境内で賄えるほど、社叢は巨木の宝庫なのです。

■周辺の観光
鹿島神宮に関係する場所では、北浦の水面に立つ「一之鳥居」、その鳥居を見下ろせる「鹿島城山公園」がお勧めです。その他、鹿島神宮に関連する社寺や史跡については、文末の鹿島神宮の公式サイトをご覧ください。神宮から少し離れますが、鹿島港に面した鹿島臨海工業地域にある「港公園」がお勧め。公園の展望台からの、製鉄所や製油所の眺めは圧巻。詳細は、文末関連MEMOの神栖市観光協会のサイトをご覧ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/07/31 訪問

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