熊本地震から現在、復興にむけて歩き始めた熊本城の春!

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熊本地震から現在、復興にむけて歩き始めた熊本城の春!

熊本地震から現在、復興にむけて歩き始めた熊本城の春!

更新日:2017/03/23 09:49

天草野 黒猫のプロフィール写真 天草野 黒猫 元バックパッカー

2016年4月14、16日に2度の大きな地震にみまわれた熊本。2017年4月でもうすぐ1年が経過します。
市の中心にそびえる熊本城も地震直後大きな被害をうけました。余震もようやく落ち着いてきた熊本。余震の間は、気持ちも建物も修復がすすまない状況の中、1年目を迎える今!やっと少しずつ修復作業が進み始めています。今でも熊本市民の気持ちのよりどころ熊本城。自然の驚異と、現在の熊本を目撃にでかけませんか?

熊本地震、1年前の姿と現在。復興に向け長い道のりの始まり

写真:天草野 黒猫

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この写真は熊本地震から1ケ月後の写真です。地震の大きな揺れは熊本城にも大きな被害を与えました。天守の瓦やしゃちほこは落ち、塀や石垣はくずれ、熊本城の特徴ともいえる櫓を崩壊させました。櫓、塀、城門と計13件の重要文化財全てに被害を受けました。

戦国時代の武将、築城の名人でもあった加藤清正が築城し2007年には築城から400年を迎えていた熊本城。しかし、これまでも熊本城は地震や戦乱で被害を受けては復興を繰り返してきたお城でもあるのです。市民の精神的支柱としてそびえる熊本城。

そんなお城の今。心は痛むけれど、今しかみられない姿です。
地震という自然の驚異が目の当たりに感じられます。

写真:天草野 黒猫

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2017年2月撮影の熊本城には重機がはいって現在も修復が進んでいます。市内のブルーシートも余震が収束してきた2016年末を境に、倒壊の危険性がある家屋の取り壊しが加速してきました。2016年7月大西一史熊本市長は会見の中で「熊本城天守閣を平成31年までに再建し、20年後には城全体を地震前の状態に戻したい」と目標をかかげています。

写真:天草野 黒猫

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熊本城の石垣はそれはみごとな石垣が多く、「武者がえし」でも有名です。この石垣達にはなんと番号がふられています。現在、石垣の石は一旦別の場所に移され組み直しする作業がすすんでいます。なんと丁寧な作業でしょう!これまでの歴史の中で修復作業をなんども繰り返してきたからこそ生まれた知恵。しかし、気の遠くなる様な作業です。そんな作業に熊本大学の文化財復旧チームが「石垣検索ソフト」も開発中。途方もなく大きなパズルの組み直し作業の本番はこれからです!

熊本地震の後も変わらず見守る清正公、花の季節が到来!

写真:天草野 黒猫

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地震の後も変わらず熊本城を築いた加藤清正像は熊本城入り口の行幸橋の近くで今も熊本城をみまもっています。清正像は地震の影響もなく健在です。

しかし、後ろの建物をご覧ください。建物を支えている土台が崩れ、なんとか建物はたっている状況です。この奥には1本足で地震を乗り越えた飯田丸の櫓があります。西南戦争の際に西郷隆盛は「わしは官軍に負けたのではない清正公に負けたのだ」とつぶやいたといわれていますが、傷ついた熊本城の前の清正公の像はまるで自分のお城を今でも守り続けている様な風格を感じさせてくれます。

写真:天草野 黒猫

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この写真は地震発生10日程前のものですが、加藤清正像のまわりは遅咲きの桜の花でいっぱいです。この桜の花達は地震後も健在です!地震後、初めての春を迎える熊本。清正像はかわらずおだやかにエールを送り続けてくれているようです。後ろの石垣は崩れてはいますが、花にかこまれた加藤清正を見に行きませんか?「みなのもの、わしの城は傷ついても美しいぞ!」

熊本地震の後、支えられて現在…本当の戦いはこれからだ!

写真:天草野 黒猫

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地震後の熊本市民の気持を代弁してくれるように1本足でふんばり続けていた飯田丸。度重なる余震でいつ崩れるかと心配されていましたが、まわりをがっしりささえられて、今でもしっかりたっています。この飯田丸の姿を見ると、地震後も世界中のたくさんの人々にささえられて立っているという気持ちがわいてきます。飯田丸は地震後も今も熊本市民の象徴のような存在です。支えられてふんばってます!

写真:天草野 黒猫

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熊本地震直後から、熊本城の早期復旧を願う人々から多くの支援金がよせられてきました。そんな中、地震前の制度、熊本城「一口城主」の再開を望む声も多く、現在は「復興城主」制度として再開されたくさんの城主が誕生しています。

城主になると「城主手形」が発行され、熊本市が管理する施設への無料入園、協賛店舗での特典をうけることができます。また、立派な感謝状とともに非売品の「復興城主限定ブックレット」も贈呈されます。このブックレットはよくできていて地震前と地震後の写真が1冊にまとめられた貴重なもの。城主は湧々座2階の専用コーナーでデジタル芳名板と記念撮影もできますよ。熊本城のこれからを応援にあなたも城主になってみませんか?(写真のワンピースグッズは先着順で同封されたもので、現在は配布終了済)申し込み詳細は熊本城公式ホームページで確認を!

写真:天草野 黒猫

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加藤清正神社でも熊本城再建のための「熊本城復興募金」が継続されています。ここからの熊本城の眺め、傷ついていてもみごとな熊本城がながめられます!

「加藤清正神社」は立ち入り可能!神社からの熊本城が美しい!

写真:天草野 黒猫

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地震後の現在、立ち入り可能な場所で熊本城の全景を正面からみることができる「熊本城二の丸広場」と「加藤清正神社」は観光におすすめの場所です。特に「加藤清正神社」は熊本城のすぐ横にあり、熊本城を一番間近で撮影できる場所でもあります。この神社の真っ白な鳥居と青いのぼりのコントラストが美しい!

また、加藤清正公を祀ったこの神社は勝負運や仕事運、学問のお守りとして有名。「かとう=勝」のお守りは黒や赤を基調に清正公の長烏帽子形兜や蛇の目紋のかっこいいお守りです。熊本城の撮影と同時に、ぜひお参りしてみてくださいね。

写真:天草野 黒猫

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森の都熊本。熊本城は櫓や堀と共に多くの木々に取り囲まれています。地震と共に、一部崩れてしまった木もありますがお城の横の桜や桜並木は健在です!「加藤清正神社」や「二の丸広場」からは傷ついた姿でも、白い桜の花をまとった美しい熊本城を眺められますよ。傷をおった姿に桜は更に美しさをますことでしょう。美しい熊本城を見に出かけませんか?

写真:天草野 黒猫

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熊本城の別名は「銀杏城」。なぜ銀杏城かというと、お城の天守の前に大きな銀杏の木が植えられているからです。

この銀杏は加藤清正公が築城の時に手植えされた木と伝えられています。また清正が亡くなる時に「銀杏の木が天守と同じ高さとなったときに異変が起こる」と予言し、同じ高さになった時に西南戦争が起こったとか。その西南戦争の時に大銀杏も消失。しかし焼け跡の木から芽吹いたものが現在の大銀杏に成長しました。熊本地震の後も清正の銀杏の木は熊本城に変わらずよりそっています。まだ立ち入りはできませんが、秋の銀杏の季節もおすすめです。

熊本地震から現在。傷ついても人々を見守る熊本城の美しさ!

熊本地震発生から続いていた余震も2016年末にはかなり落ち着き、ブルーシートの屋根から空地が増えてきつつある熊本の現在。復興はやっと始まったばかりといえます。サントリーBOSSのCMでも現在の熊本城の映像が流れていますが、まさにそのCMの言葉どおり「熊本城の本当の戦いはこれから」なのです。そして、世界中の人々から支えられ、やっと動き始めた熊本に地震後初めての春がきます。

ここから変化して修復されていくであろう熊本城。修復されていく姿にも人の力を感じ、手をつけられずに残されている場所では自然災害の驚異を目の当たりにできる場所です。今しかみれない変化していく熊本城。歴史の目撃者になりませんか!

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/05/14−2017/02/15 訪問

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