栃木県「那須野が原」神秘的な伝説の山桜と古代桜の名所巡り

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栃木県「那須野が原」神秘的な伝説の山桜と古代桜の名所巡り

栃木県「那須野が原」神秘的な伝説の山桜と古代桜の名所巡り

更新日:2017/03/13 09:27

趣美人 MAKKYのプロフィール写真 趣美人 MAKKY 関東旅行ブロガー、那須高原写真家、滝巡り案内人、那須の郷土研究家

那須高原は知っているけど、那須野が原って?栃木県の大田原市・那須塩原市(旧・黒磯市・西那須野町)那珂川町は、その昔鎌倉時代に源頼朝が狩りをした場所。それらは那須野が原と呼ばれています。特に源義経や那須与一などの武将や西行・芭蕉などの俳人、明治時代に活躍した偉人たちがその足跡を残した一帯です。春になると桜の名所が数多くあり、那須野が原の中でも特に見逃せない「古代桜・名桜」の見どころを、ご案内します。

まるでヤマタノオロチの形相と威厳を放つ「磯上の桜」は八溝山系の守り神

写真:趣美人 MAKKY

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栃木県北地方随一の山桜といえば、「磯上の桜」の名が一番最初に挙げられます。周辺地域の方々が勧める「山桜の巨木」で、推定樹齢300年、地上4m付近から幾重にも枝分れして、その姿は日本書紀(日本神話)に登場する「ヤマタノオロチ」のような様相を呈しています。

栃木県と茨城県にまたがる八溝山系の登山口「磯上神社一の鳥居(八溝嶺神社)」にあり、見る者に威厳を放つ、その堂々とした山桜は、昔から山の神として鎮座しています。
この山桜の樹の持つ神秘的な生命力が、生きる力を与えてくれるというパワースポットにもなっています。磯上の山桜が咲く時期は「山の神が降臨する」と云われるほど、不思議な魅力を放ちます!

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1本の樹から、これだけ多くの枝分れはしている山桜は珍しく、地面近くの幹周りは約4.3mで左巻きによじれ、その上は2つに分かれており、さらにその上も次々と枝分かれしています。

樹高は約17mあり、東西南北に20m以上の枝を伸ばしています。この山桜はソメイヨシノや他の桜と異なって、福島県阿武隈山系より南方の山地に生えており、通常見られる桜より一週間から10日前後遅れて白色の小さな花が開花します。

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昭和43年8月に栃木県天然記念物に指定された、「磯上の桜」は4月中旬の開花期間中に合わせ、毎年地元の有志によりライトアップされています。初めて訪れた方々は、暗闇に浮かび上がる山桜の堂々とした迫力に圧倒されています。

那須与一ゆかりの那須神社「枝垂れ桜」と「エドヒガン」

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那須神社は源氏と平家の屋島の戦いで活躍した、那須与一ゆかりの神社。その参道には延暦年間(782年〜806年)に坂上田村麿が訪れ東夷東征の戦勝祈願した以後、金丸八幡宮(那須神社)と呼ばれていました。その後、源義家が奥州東征の時に、戦勝祈願のため訪れ参拝、見事勝利したことから、のちに那須家を名のる須藤貞信に命じて、社殿や参道の整備をした際に参道に桜を植樹したものと伝えられています。

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「おくのほそ道風景名勝地」に指定されています。松尾芭蕉も黒羽の「雲巌寺」を訪ねた際に那須神社まで足をのばしています。

那須神社のすぐ隣は「道の駅 与一の里・与一伝承館」があり、多くの与一に関する興味深い資料や文献などを見る事ができます。

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源平合戦の屋島の戦い元暦2年(1185年)で候を上げた那須与一が那須家の総領となり、土佐杉を使用して文治3年(1187年)社殿を再建し社領を寄進し自らの太刀を奉納しました。この弁柄塗りで彩色された楼門(写真)は2014年3月国指定重要文化財に指定されました。
この楼門を見守る様に、枝垂れ桜とエドヒガンが満開の花芽を見せています。毎年9月には「流鏑馬の行事」が参道で開催されています。

尚、那須与一の本墓は那須神社からほど近い「須峯山玄性禅寺」に那須家一族と共にねむっています。歴史に興味のある方は是非訪ねてみては如何でしょうか。

西行法師が名付けた光丸山法輪寺「西行の桜」は詫び寂びの世界!

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大田原市佐良土の光丸山法輪寺にある「西行の桜」は、樹齢800年になろうかと推定される名古木です。樹類は枝垂れ桜で、平安時代の僧であり俳人でもあった西行法師がみちのく東北行脚の際に、当寺に立ち寄り、境内の桜を観て「盛りには などか若葉は 今とても 心ひかるる 糸桜かな」と詠んだと伝えられています。

派手な賑わいのある桜ではありませんが、詫び寂びの美しい世界が目の前に広がっています。

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西行の桜は、満開の桜の下で酒盛りは似合いません。心静かに野点のお茶でもいただきながら、雰囲気を愉しむのがぴったりです。遠い縁に想いを想像しながら鑑賞する桜かもしれません。

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青空に美しい樹姿を見せてくれる、西行の桜は栃木県内屈指の老木ですが、子木や孫木も近隣に分木されています。しかし何と言っても光丸山法輪寺の桜が一番美しい佇まいをしています。(現在の西行桜はひこばえのものです。)

光丸山法輪寺は木製としては日本一といわれる、大天狗面がある寺として有名で、その大きさは高さ2.14m、幅1.5m、鼻の高さが1.3m、重さ1トンあります。また珍しい鳥居のある寺で、勅使門や西行桜となりの鐘楼屋根は、茅葺で葺かれていて趣のある風情を今に残しています。

明治の偉人・乃木希典大将の「那須別邸の桜並木」

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那須塩原市(旧・西那須野町)にある乃木神社は明治の軍人・乃木希典を祀る神社です。日清戦争の後に静子夫人と共に閑居した那須別邸(火災により焼失、現在は復元されています)があります。乃木神社境内と周辺は乃木公園となっており、那須別邸も自由に見学することができます。

乃木神社へと続く約800mの参道両脇は、100本のソメイヨシノが連なる桜並木になっています。

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乃木神社境内やその周辺にも、沢山の桜がありますが、神社と乃木別邸の間の散策できる林間は、野鳥たちがあつまるバードウォッチングのメッカにもなっています。

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乃木那須別邸の直ぐそばには、夫人の名前を付けた「静沼」があります。沼や別邸の周辺にも桜が植えられています。明治の軍人でもあり学習院の校長でもあった、乃木は4度の休職の間、静子夫人と共にこの那須野が原の地で、農業と地域の開墾に汗を流しました。その生活ぶりはとても質素だったそうです。そんな二人を偲ばせるような桜が沼の畔に咲いています。

那須野が原伝説の山桜・古代桜のまとめとして

派手な満開の桜だけが桜ではありません。原種山桜の持つ不思議な力強さも魅力のひとつでもあります。また長い時間を耐え抜いて、いまなお生き続ける老古木の美しさと感動は、見た人にしか分からない事かも知れません。あなたも是非歴史と伝説の残る、名桜木を訪ねてみては如何でしょうか?

※各桜の開花時期や見ごろは、おおむね4月初旬〜下旬ですが、天候に左右される事あります。年により前後しますのでご注意ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/04/13−2015/04/17 訪問

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