北鎌倉駅から大船方面に向かう途中の小袋谷地区に光照寺はあります。所々、電柱の看板に「光照寺」の案内はありますが、住宅街の中にあるので特別目立ったものではありません。目印としては途中にある「小坂郵便局」を目標に進んでいくと良いでしょう。和風建築の立派な郵便局なのですぐに見つかるはずです。
その先にある信号を左に曲がり、坂道を登っていくと光照寺に辿り着きます。丁度カーブに差し掛かった場所に突如として現れるので、通り過ぎてしまった方が戻ってくる姿を度々見かけます。
安山岩の板碑に朱色で刻まれた阿弥陀三尊の梵字は珍しく、見るものに強い意志を感じさせます。まず第一に、境内に入る前にチェックしておきたいのが「くるす紋」です。一見すると何処にこの家紋が置かれているのか分かりずらいのですが、それこそが隠れキリシタンがこの寺院に匿われていた紛れもない証なのです。
周囲の目を逃れるために苦肉の策として設置された家紋。当時の信者たちの置かれた状況が伝わってきます。
境内はそれほど広くはありませんが、年間を通して様々な種類の花を見ることができます。光照寺は別名「シャクナゲ寺」とも呼ばれていおり、ピンク色のボリュームのある花々を咲かせるシャクナゲが本堂の周りで多く見ることができます。
春になると山門付近では桜、レンギョウ、ユキヤナギが同時に咲くので見ごたえ充分です。その他にも椿やハギなど、四季を通じて季節ごとの花が楽しめるので、シーズン中はカメラを片手にシャッターを押す人の姿で賑わいます。鎌倉五山の寺院などと比較すると混雑していませんので、花をメインにじっくり楽しみたい方にはお薦めのスポットです。
また、寺院入り口や境内裏の墓苑にはヤシ類の樹木や南国に見られるような植物が植えられているのが印象的です。やはり時宗のお寺だけあって、その自由な風土が感じられるのが興味深いところです。
かつて、光照寺は隠れキリシタンの受け入れを行っていた際、幕府からキリシタンと疑れ、尋問の為、連れて行かれそうになった信者の元へ住職が「この者は光照寺の信者である」と進言して信者を救ったという逸話が残されているほどです。これは時宗の「すべての人々の極楽往生は確かなものであり、御仏を信ずるかどうかではない」という考え方によると言われてます。
山門には「くるす紋」の石の祠が掲げられ、本堂にはキリシタンが使用していたという2つの燭台が安置されています。この家紋は九州豊後国、岡藩主中川家の紋「中川クルス」(十字架を変形させた紋)であり、中川家はキリシタン大名だったといわれていますが、その真偽は定かではありません。山門も中川家の江戸屋敷において菩提寺であった「東渓院」にあったものを明治に移築したもので歴史を感じさせます。ちなみに東渓院はこのとき廃寺となってしまいました。
本尊横の釈迦如来像も東渓院から移されたものです。山門脇には、毎月お参りするとお年寄りや子どもの咳が止まるという、咳の神様「おしゃぶき」の祠があります。その反対側には、子育て地蔵が祀られており、地元の人々から手厚い信仰を受けています。
光照寺は建築物としても高い技術を観ることができる寺院です。そのひとつが「入母屋屋根」という造りです。入母屋屋根とは、格式高い屋根造りの工法で、寄棟屋根と切妻屋根を組み合わせた形状のものを言います。棟を中心に四方に流れをもつ寄棟屋根と、大棟から両側に葺きおろす切妻屋根を組み合わせて造られています。
入母屋屋根の歴史は弥生時代から続いており、登呂遺跡では「竪穴式住居」が茅葺きの入母屋屋根で復元されています。また、家を模った埴輪にも入母屋屋根で造られているものが多く、魂を手厚く信仰するといった要素も含まれています。
古来より日本では、切妻屋根は寄棟屋根よりも格式が高く、その組み合わせである入母屋屋根は、最も格式が高いとして重宝されてきました。特に東アジアや東南アジアの寺院では良く使われる屋根形状で、人々の崇敬の念が込められていると考えられています。
円覚寺の建立の際には、建設に関わった関係者は光照寺に寝起きし仕事に励んだそうです。光照寺はいつの時代も万人に門戸を開き、苦しむ者に手を差し伸べてきました。
貴重な文化財も保存されており、本尊の阿弥陀如来像の脇に安置されている「観音」と「勢至」の像は貴重な室町時代の彫刻です。その本尊は1556年に東渓院から移されたものであり、阿弥陀仏の胎内には修理銘で「正長二年」(1429年)と書かれてあります。
「おしゃぶき」や「子育て地蔵」など、当初から地元住民との密接な繋がりがあったことを知ることができ、それは時宗という大衆によって支えられてきた独自の慣習が深く関わっていると言えます。武家社会が支配していた地域にあって、光照寺は庶民の心の安らぎを得られる数少ない場所であったに違いありません。
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(2024/4/26更新)
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