夢の桃源郷!南信州阿智村の月川温泉郷「花桃の里」に酔いしれる

夢の桃源郷!南信州阿智村の月川温泉郷「花桃の里」に酔いしれる

更新日:2016/01/11 18:21

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー
紅・ピンク・白の色鮮やかな5000本の花桃が咲く、南信州阿智村園原の月川温泉周辺はまさしく桃源郷「花桃の里」です。宿泊交流施設「野熊の庄 月川」の周りを取り囲むようにして幾重にも花桃が植えられ、また月川の両岸沿いにも花が咲き誇ります。枝を覆ってしまうほどに鈴なりに咲き誇る様は、艶やかに春を謳歌する山里の象徴です。三色の花びらが織り重なり、道いっぱいに敷き詰められた花桃の絨毯を歩いてみませんか。

たずねまほしき花桃の里「園原」

たずねまほしき花桃の里「園原」

写真:和山 光一

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岐阜との県境にある阿智村園原は、大化の改新以降全国に敷かれた官道のひとつで、かつて都のあった京都と関東・東北を結ぶ古の東山道が走る神坂峠の麓の地。神坂峠の難所越えの休憩地点として平安、鎌倉時代に栄えてきました。

園原は一般的には馴染みのない地名で、スキー場の『ヘブンスそのはら』ぐらいでしょうか。平安文学に登場する名所として知られ、枕草子や源氏物語にもその地名が登場します。清少納言は、枕草子の中で「原はみかの原 あしたの原 その原」と、三つの著名な原の一つに挙げています。また源氏物語には、光源氏と空蝉の間に交わされた歌に「箒木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな 」と園原と園原にあるという植物箒木が歌われています。

また、県歌信濃の国でも『尋ねまほしき 園原や』と歌われるなど、随所に歴史の面影を残す地でもあります。今その園原の里は月川温泉郷を中心に「花桃の里」に変貌しています。

三色のが花桃が咲き誇る夢の桃源郷「園原・月川温泉郷」

三色のが花桃が咲き誇る夢の桃源郷「園原・月川温泉郷」

写真:和山 光一

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赤白ピンクの三色に咲き分かれる花桃は、電力会社社長であった福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)が、ドイツのミュンヘンで華麗に咲く三色の花桃を見かけ、その美しさに魅せられ3本の苗を購入して帰国、木曽の発電所庭に植えたのが始まりといわれています。

中央自動車道恵那山トンネル上り線の工事に伴う残土によって、園原には土砂の造成台地いくつもつくられ、豊かな自然が変わりゆくことから花桃が植えられました。

現在では宿泊交流施設・野熊の庄「月川」の周囲を囲むように、また本谷川(月川)の両岸沿いにも二段に花が咲き誇って、花桃並木が約5000本続いています。また園原ICから月川に沿っても延長4KMに渡って約3500本が植えられているとのこと。

花桃は標高の低い所から高い所へとだんだん咲いていきます。100Mほどの標高差のある園原エリアでは約1ヵ月近く楽しめ、まさしく桃源郷なのです。月川温泉郷では毎年4月下旬〜5月上旬に花桃まつりが開催され見頃を迎えます。

万葉ロマンあふれる園原の一軒宿「月川温泉 野熊の庄 月川」

万葉ロマンあふれる園原の一軒宿「月川温泉 野熊の庄 月川」

写真:和山 光一

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「月川」は花桃が咲く時期には花に覆われるように建つ一軒宿です。花桃は一本の木に紅・ピンク・白の花をつけ、宿の周りに華やかで幻想的な雰囲気を醸し出します。恵那山の別名が野熊山と呼ぶことから「野熊の庄 月川」に。

月川温泉の開湯は1991年のことで、山村再生事業の一環として建てられたのが「月川」でした。水道の確保のために掘削した場所から温泉が湧出したことから温泉宿になったのです。無色透明の温泉は単純アルカリ泉で冷泉のため加温していますが、フッ素とラドンを含んでいて、美肌効果があります。野趣に富んだ石組みの露天風呂からは四季の装いを変える園原の里山が望めるのです。

花桃の時期は、立ち寄り湯は受け付けておらず、部屋食でいただける日帰り入浴が付いた昼食の会席コースでゆっくりしながらの入浴がオススメです。

願いを込めて!望みを叶える「暮白の滝」皿投げ祈願

願いを込めて!望みを叶える「暮白の滝」皿投げ祈願

写真:和山 光一

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花桃を満喫したあとは園原の里山を歩いてみませんか?恵那山の東山裾に広がる山合いの小さな集落である園原の地は、古代・中世にかけて都人におおいに親しまれていた地なのです。現在中央自動車道園原ICがあるあたりは、京都方面から東山道を辿って来た旅人にとって難所神坂峠を越えた先の美しい集落であったといいます。都からの旅人にとっては険しい峠を越えた最初の人里、そして東国からの旅人にとっては東国最後の里、それが園原なのです。

その園原の奥に「暮白の滝」という夕暮れになると、ほの白く見えるロマンの滝があります。滝見台の駐車場より徒歩50M。滝見台の上から願いを込め、暮白の滝めがけて小皿を投げると望みが叶うといわれる皿投げ祈願ができるのです。古代より滝は、ご神体として崇められてきました。是非願いを込めて投げてみて下さい。皿の飛び方で運勢がわかる説明書きもありますよ。

義経物語が語り継がれる、園原の里の一本桜「駒つなぎの桜」

義経物語が語り継がれる、園原の里の一本桜「駒つなぎの桜」

写真:和山 光一

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源義経が、奥州へ落ち延びる道中で御坂峠の難所越えの後、馬を繋いで休んだといわれる「駒つなぎの桜」。樹齢800年のエドヒガンザクラの古桜が旧東山道と林道との分岐点に近い水田の端に佇んでいます。険しい東山道の道中にあって、旅人の疲れを癒してきたであろう桜の見事な樹冠をもたげ悠然と咲き薫る風姿は、牧歌的な田園風景をどびっきり上等なものにしてくれます。樹盛は今なお盛んで、開花時である4月の中頃、田んぼに水が張られ、水鏡のような水田に美しい花を映し、時が止まったかのような不思議なシーンに出会うことができます。

園原ビジターセンターははき木館で「駒つなぎの桜」の開花情報がチェックできます。

南信州・国道256号沿線は「はなもも街道」と一本桜が語る歴史

伊那谷と木曽谷を結ぶ国道256号は「はなもも街道」と呼ばれ、飯田IC周辺から、水引の里、天竜峡、伊那谷道中、阿智村(駒場、昼神温泉、月川温泉)、清内路を通り南木曽町(富貴畑温泉、南木曽温泉、妻籠宿)までの街道沿いには数千本の花桃が植えられ、4月中旬から5月上旬にかけて見頃を迎えます。阿智村では、駒場地区、昼神温泉、月川温泉、清内路地区を中心にみられます。

「はなもも街道」を北に車を走らせると旧清内路村に入りますが、ここでも是非みていただきたい一本桜があります。嘉永6年(1853)ペリーが来航した際に、現在の場所に移植されたと伝えられる「黒船桜」。樹齢170年ほどで、樹高10M、枝張りは東西19M。南北14M。ひとつの枝は横に伸び、樹下に立つとまるで花の傘に入った気分になります。

万葉の香りをたどる古道、季節を彩る花々、表情豊かな山や清流、どこか懐かしい風景に包まれた園原「はなももの里」と国道256号「はなもも街道」で南信州の桃源郷を堪能してみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2011/05/04−2013/05/04 訪問

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