極まるパワースポット!津軽霊場「川倉賽の河原地蔵尊」

極まるパワースポット!津軽霊場「川倉賽の河原地蔵尊」

更新日:2015/08/26 11:52

日本三大霊山の一つとして知られる、青森県下北半島にある恐山。その恐山と並ぶ、五所川原市金木町にある津軽霊場「川倉賽の河原地蔵尊」は、古くから津軽の民俗信仰の中心地として栄えてきました。境内に、2000体もの地蔵や、未婚の男女の霊を供養する人形などが供えられ、只ならぬ雰囲気。霊力たっぷりの「川倉賽の河原地蔵尊」を訪れて、心を綺麗にしてみませんか?

古来より続く、信仰メッカの地

古来より続く、信仰メッカの地
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こちらが今回ご紹介する、五所川原市金木町にある津軽霊場「川倉賽の河原地蔵尊」です。
ここは、下北半島の恐山を開いた「慈覚大師」によって開かれ、恐山と並ぶぐらいの霊場になっています。一説によると「天空から不思議な御燈明(明かり)が降り、そこから地蔵が出土して安置した」ことから始まったともされ、古来より厚く信仰されています。

今から約170年前の江戸時代の頃から参詣者が増え、崇拝の地として栄えてきました。
入口の門には「仁王像」がいらっしゃり、真っ直ぐ延びる道は、地蔵尊堂まで続く参道です。近くに主要道路など車の往来が激しい道は無く、辺りは静寂に包まれています。そんな中、この参道を歩くと、まるで心が引き締まるようです。

人々の心の拠り所

人々の心の拠り所
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導かれるように参道を歩くと、こちらの地蔵尊堂に辿り着きます。ここは本堂でもあり、幼くして亡くなられた子供の霊などを祀っています。
堂に入ると、正面にお地蔵様がいらっしゃり、そのお地蔵様を囲むように、故人の写真や玩具などの遺品が飾られています。驚くことに、遺品の中には、愛用していたと思われる着物や靴などが所狭しと納められ、身近に使われていた品々を見ると、生きていた証を実感することができます。

納められているものは、これだけに留まらず、堂の裏手(お地蔵様の後側)に回ると、霊を託されたお地蔵様が、何百体以上も並べられています。その姿は、異様とも言える光景で、誰しもこの様子を見れば、只々目を奪われてしまうはず!
沢山の人々が祀られているのは、霊験あらたかな土地だからでしょう。不気味なぐらい何かを感じられる場所で、これ以上無いパワースポットです。

崇高なほど神秘的!

崇高なほど神秘的!
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こちらは、本堂の左側から延びる遊歩道です。ここは「賽の河原」とも呼ばれていて、道の左右に子供を弔うためのお地蔵様が置かれています。
一体一体のお地蔵様の顔立ちは違っており、着ているカラフルな服は手作りなのだとか。分かりずらいかもしれませんが、供えるように、風車が飾られていて、風に吹かれて動く風車は何かを不思議と訴えかけているかのようで、独特の雰囲気を醸し出しています。

因みに、地蔵尊堂の右側には、新郎新婦の格好をした未婚の男性と女性の人形が祀られている人形堂があります。「亡くなってから、嫁や婿を迎えて成仏してもらいたい」という、この地方の独特の民俗に触れることもできますよ。

おわりに

文豪で知られる「太宰治」が幼少期に、ここを訪れ「作品の文体を変えた所」と言われています。太宰治をも、影響を与えた色濃い場所を是非訪れてみませんか?
市内には、文豪「太宰治」の生家「斜陽館」があり、併せて訪れると良いかもしれませんね。

境内の散策は自由ですが、冬場は雪が降るので、雪がない季節に参拝するのがお勧めです。
毎年8月の例祭日は、数珠を操って独特の口調で死者と交信する「イタコ」が見られるので、興味を持たれた方は、下記のMEMO【奥津軽の旅案内 賽の河原地蔵尊】よりお問い合わせ下さい。

恐山のような大きくて賑やかな霊場ではありませんが、自然に囲まれていて、とにかく静かで落ち着けます。忙しさのあまり、自分の心を見失ってしまったあなた!
心を自問自答する旅は如何でしょうか?

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/08/14 訪問

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