戦国時代の権威の象徴!滋賀・安土城跡で信長を考える

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戦国時代の権威の象徴!滋賀・安土城跡で信長を考える

戦国時代の権威の象徴!滋賀・安土城跡で信長を考える

更新日:2013/05/16 18:14

佐久田 隆司のプロフィール写真 佐久田 隆司 孤高のアウトドアライター、ネイチャーカメラマン

豊臣秀吉、徳川家康と共に日本を動かした織田信長の居城がかつて安土山にありました。しかし今は安土城跡として名残があるだけです。豊臣秀吉、徳川家康と共に、戦国3大武将として日本を動かした織田信長。しかし、そこに立ってみると近江盆地と信長を通して壮大な歴史ロマンを感じることができます。そんな初夏の清々しい季節に、歴史を感じる安土城跡地への旅をご提案いたします。

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石段は大きく急なもの

石段は大きく急なもの

写真:佐久田 隆司

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織田信長は1579年から1581年のわずか2年で、壮大なる安土城を構えました。安土山全体に石垣を巡らせ、配下の武将を住まわせる手法で城の守りを固める方法を取っています。その名残として大手道の上り口左右には、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)、前田利家の屋敷跡があります。後に有名になる武将2人を門番のように扱っていたことからも、当時の信長の権力をうかがい知ることが出来るでしょう。

大手道は幅8mほどの大きな石段が真っ直ぐに100mほど続き、いったん足を踏み出すとその石段の大きさに驚きます。蹴上(石段の高さ)が大きいものなら50cmほどある高低差ある石段を、一気に攻め上がるには昔の日本人の平均身長からするとかなり大変だったと予想されます。

安土山山頂の見晴は素晴らしい!

安土山山頂の見晴は素晴らしい!

写真:佐久田 隆司

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地上6階地下1階の天守閣が安土山山頂にそびえていました。琵琶湖水面から100m程標高があり、当時としては驚くべき豪華絢爛な天守閣が威厳を掲げていたことになります。安土山山頂からは琵琶湖を望む絶景!ここに信長の天守閣がそびえていたのですから、眺めもさることながら、琵琶湖側からもそれは圧巻のお城に見えたでしょうね。

近くに「信長の館」があります

栄華を見せつけていた安土城は、完成翌年の1582年に本能寺の変で、明智光秀に接収されたのちに焼失しています。その寿命はたった数年という短命なお城だったのです。
安土城跡近くの「信長の館」ではかつての天守閣5,6階部分を見られます。1992年のスペイン・セビリア万博で日本館のメイン展示物として再現されたものがここに保存されていて、戦国時代にこれだけ煌びやかな城を造った信長の美的センスをうかがうこともできるでしょう。

短命で焼失したために、今では姿を見ることができない安土城ですが、この土地を訪れて視覚ではなく感覚で、当時の栄華を楽しんでみてはいかがでしょうか。豪華絢爛の言葉を知るとともに、信長が誇った権威を感じられることにもなるでしょう。

動画:佐久田 隆司

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掲載内容は執筆時点のものです。 2012/09/10−2012/09/11 訪問

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