カード御守で大丈夫!三社祭にこち亀の浅草神社って、どんな神社?

カード御守で大丈夫!三社祭にこち亀の浅草神社って、どんな神社?

更新日:2015/09/04 14:22

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 神社・グルメナビゲーター
浅草と云えば、雷門で世界的に有名な浅草寺ですが、その浅草寺のお隣に『浅草神社』があるのをご存知でしょうか。その浅草神社が“物議を醸す祭り”“霊獣の輝く社殿”“こち亀神社”“新世代のお守り”“招き猫発祥の地”等々、奇天烈なキーワードに彩られ「一体どんな神社なの?」と密かに注目を集めています。

一見、極めて普通の神社なのですが、今回は、この『浅草神社』の知られざる仰天ぶりをご紹介いたします。

700年の伝統の祭りは何が「やばい」の?

700年の伝統の祭りは何が「やばい」の?

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『浅草神社』は、浅草寺に祀られる聖観音菩薩を海から見つけた浜成と竹成兄弟、そしてこの像を最初に祀った兄弟の主人土師中知の三人を三神とした、云わば浅草寺の功労者を祀った神社なのです。

三神を祀ったことから『三社大明神』と呼ばれ、明治になって『浅草神社』に改称されました。この名称からお分かりの通り、全国的に有名な“三社祭り”はこの神社の大祭で、1312年から始められた700年以上の伝統ある祭りなのですが、この“三社祭り”が、今とんでもないことに。それまで暗黙の了解だった暴力団の参加による資金源問題や、神輿担ぎにおける暴力的行為により、様々な規制とともに祭りの中止も懸案され、伝統と現実の間で揺れ動いているのです。

粋でいなせな下町っ子の祭りですが、今後の行く末を案じて、三神も悩んでいるかもしれません。

社殿の装飾の裏に隠された意図は?

社殿の装飾の裏に隠された意図は?

写真:Naoyuki 金井

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『三社大明神』は、ご神体として一般の人間を祀っているのですから、江戸では、最も格式の低い神社と云われました。無理もないことですが、これにあわてたのが江戸幕府。当時は神仏習合で浅草寺と浅草神社は同一視されており、徳川の祈願所である浅草寺の格も同様に低く見られてしまうためです。一計を案じた幕府は、亡き家康を浅草神社に祀り、三神から四神とし『三社大権現』として面子を保とうとしたと考えられています。

更に、三代将軍家光は、社殿を再建し、色鮮やかな“霊獣”の絵画を社殿に飾ります。
霊獣は、人々の幸せを願う存在と知られ、特に“飛龍”は、三神を意味する水を司り、“麒麟”は、優れた王が出現したことを意味する霊獣なのです。

つまり、この霊獣は三神を敬い、その上で新たな神=権現を表し、権威回復のシンボルとなっているのです。

芸能関係者にとっても人気があるの?

芸能関係者にとっても人気があるの?

写真:Naoyuki 金井

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浅草神社の知られざる見どころが、境内の句碑で、浅草が江戸歌舞伎所縁の地であることから、特に歌舞伎関係の碑が目立ちます。

二代目が鬼平の長谷川平蔵で、その兄が九代目松本幸四郎という“初代・中村吉右衛門”句碑。また、孫がスーパー歌舞伎の三代目猿之助で、曾孫が俳優香川照之という“初代・市川猿翁”句碑はその代表的なもの。他にも歌舞伎の狂言作者“河竹黙阿弥顕彰碑”、小説家“久保田万太郎”“川口松太郎”など、演劇や文学のオールドファンには嬉しい句碑の数々です。

若い人に人気は『こちら亀有公園前派出所』碑。「浅草物語」を記念した碑で、勘吉の少年時代の友情を描き、常にベストエピソードにランクインするほどの名作が蘇ってきてプチ感動。また、近くには読者の手紙が納められた『両さんのタイムカプセル』があり、2016年8月に開けられると誌上で発表されています。

このように私たちに身近な句碑があるのも、浅草神社の庶民性ゆえなのです。

お守りが進化すると、どうなるの?

お守りが進化すると、どうなるの?

写真:Naoyuki 金井

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浅草神社のご利益は、心から強く願えば叶う“心願成就”で、平たく云えば願ったものは何でも叶う、と云うとんでもないご利益なのです。

多種多様なご利益に見合う、お守りにも個性的なお守りが目白押し。その代表が『大丈夫守り』で、何が大丈夫なのか良く分かりませんが、神が大丈夫だというのなら大丈夫なのだろうと、大人気になっているお守りです。

そして極め付けが『カード御守』。京都の市比賣神社にもカードお守りがあるのですが、大きな違いは、このお守りが何とポイントカードであることです。財布などに入れやすいという単純な発想から生まれ、普段は御守りとして身に付け、街ではポイントカードとして買い物ができ、失効ポイントは、神社の運営に役立てる、まさに超現代的なお守りなのです。

不思議な魅力の『大丈夫お守り』と、スーパーハイテク『カード御守』で、あなたの願いは完璧です。

招き猫発祥の地って、本当なの?

招き猫発祥の地って、本当なの?

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『招き猫』由来には諸説あるのですが、有力説が「今戸焼説」。これは台東区の「今戸神社」を発祥地とするものですが、今戸焼で出来た招き猫と今戸神社の名称を結び付けただけで、全く根拠が無いものと云われています。

現存する資料、嘉永5年の“武江年表”によれば、浅草に住む老婆が貧しさで愛猫を手放したが、夢枕のお告げ通りに今戸焼の愛猫の土人形を、浅草神社(当時は浅草寺)の鳥居辺りで売り出したところ、人気を呼んで招き猫が大流行したと記載されています。
つまり現存する最古の招き猫の存在と、資料により遡ることのできる招き猫の起源が、浅草神社を示しているにも関わらず、浅草神社としては一切の公表をしていないのです。

今戸神社とは隣組のような関係ですから、発祥の地を覆して争っても誰が得をするわけではないと“大人の対応”に好感が持てる神社なのです。

最後に。。。

浅草寺の存在感に対して、浅草神社は、ある意味地味な存在です。地元では、初詣や三社祭りで親しまれていますが、観光としては今一つの知名度と云ったところでしょうが、浅草寺をお参りされる際には、是非、浅草神社も参拝されて、ちょっと仰天な神社を楽しんでみてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/08/15 訪問

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