渡し船が縁結び!横須賀・2つの「叶神社」はまるで天の川伝説

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渡し船が縁結び!横須賀・2つの「叶神社」はまるで天の川伝説

渡し船が縁結び!横須賀・2つの「叶神社」はまるで天の川伝説

更新日:2015/08/17 10:26

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 武蔵国ナビゲーター、歴史探索ブロガー

願いが“叶う”の『叶(かのう)神社』という名称は珍しいですが、それが東西に“二つ”あると驚きに変わります。そして、二つの神社のそれぞれのお守りが揃うと“一つのお守り”になるというのは実にユニークで、この二つの神社を結ぶのが“渡し船”と云えばもはやロマンです。
今回は、一般的なパワースポットという領域を凌駕した、まさに究極の秘蔵観光スポットとも云える横須賀市の『叶神社』をご紹介いたします。

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浦賀で風靡な縁結び

浦賀で風靡な縁結び

写真:Naoyuki 金井

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横須賀市浦賀は、三浦半島の東部に位置しており、東京湾の入り口と言っても良い浦賀湾一帯の街です。
半島では比較的早くから発展したエリアで、戦国時代に浦賀城が築城され後北条氏の水軍の拠点の一つでした。

急激に発展するのは江戸時代で、当時の江戸湾の入り口であったことから、廻船問屋や干鰯問屋が多く漁業関連で栄えました。
そして1720年に浦賀奉行が置かれると、有事に備えて砲台も整備され、浦賀は湾に出入りする船舶が必ず寄る要衝となり、さらなる隆盛を極めたのです。

そして世界的にも注目に値する出来事は、1853年のペリーの黒船来航と、これに関連して1860年に咸臨丸が出港し、幕府の船舶として初めて太平洋を往復した記念すべき港となったこと。
まさに浦賀は、歴史とロマンあふれる風光明媚な街なのです。

西から始まる縁結び

西から始まる縁結び

写真:Naoyuki 金井

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「叶神社」は、平安時代末期、源氏の再興を願った京都の文覚上人が、応神天皇を祭神として建立しました。
建立数年後、平家が滅亡し鎌倉幕府が樹立されて見事に源氏の再興が叶ったことから“叶大明神”と呼ばれるようになったのです。
これが現在、西浦賀にある通称『西叶神社』です。

社殿は、天保13年に建造されたもので、社殿の周りの彫刻は緻密で力強い素晴らしい作品で、見る者を圧倒します。彫刻に掛けた費用は総建築費の約七分の一という大金ですので、その力の入れようと、当時の浦賀の羽振り良さが窺えるのです。
更に社務所の入り口にあるレリーフは、左官職人が、鏝と漆喰で作り上げた「鏝絵(こてえ)」と呼ばれる装飾で、浦賀特有の芸術品です。
社殿彫刻と鏝絵、それを見学するだけでも大変価値あるアートな神社なのです。

二つの坂で縁結び

二つの坂で縁結び

写真:Naoyuki 金井

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通称『東叶神社』は、西叶神社を勧請して創建されました。
これは当時、西浦賀にあった浦賀村が、1692年に分村して東西の二ヵ村になり、村人たちから東浦賀にも叶明神を、という希望が強くあったからなのです。

社殿は、境内である明神山の麓にあり、社殿から奥ノ院のある山頂に登るために二つの坂があります。
社殿脇から中段までが「恵仁志坂(えにしざか)」で、中段から頂上までが「産霊坂(むすびざか)」と呼ばれ、頂上まで登れば“縁(えにし)”があって“結ばれる”と云われる縁結びの石段なのです。
200段以上の石段はきついですが、その分ご利益も多いのです。

そして奥の院のある頂上には、幕府として初めて太平洋横断した咸臨丸の勝海舟が、航海にあたって水垢離・断食をした場所としての記念碑のあるヒストリックな神社なのです。

東西で一対の縁結び

東西で一対の縁結び

提供元:横須賀市観光企画課

http://cocoyoko.net/spot/higashi-kanou-z.html地図を見る

一般的に狛犬は、口を開けた“阿形”と口を閉じた“吽形”で一対をなしているのですが、『西叶神社』の狛犬は、左右ともに口をあけている“阿形”に見え、『東叶神社』の狛犬は、左右とも口を閉じている“吽形”に見えていると云われ、東西で一対になっているのではないかとの説があるくらいです。

これと同様、縁結びのお守りも東西叶神社で一対なのです。
『西叶神社』では、水晶・めのう・ひすいの煌びやかな“勾玉”が授与されます。
そして『東叶神社』では、ブルーとピンクの2色ある可愛いい“お守り袋”が授与され、西の“勾玉”を、東の“お守り袋”に入れることによって、初めて縁結びのお守りとしてのご利益が授与されるのです。
二つの“叶う”結ぶお守りで2倍のご利益を頂けば、必ずあなたに良縁が訪れる事でしょう。

渡し船が紡ぐ縁結び

渡し船が紡ぐ縁結び

写真:Naoyuki 金井

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浦賀湾は、陸地に深く切り込んだ形であることから、江戸時代の東西浦賀村分村後の陸上交通は大変不便でした。
しかし、享保年間に浦賀奉行所が設置されたことを契機に、東西の住民が船賃代わりに米を出し合って船頭の生活の支えとし、東西の利便性の為の『渡し船』が操業されたのです。

そして昭和8年からは浦賀町が、明治40年に横須賀市となってからは、市が『渡し船』を委託経営することになり、この航路は“浦賀海道”と名付けられ、正式には横須賀市道2073号なのです。
“ポンポン船”の愛称で親しまれており、東西の叶神社近くに乗り場がありますので、まさに東西叶神社を結ぶ『渡し船』と云っても過言ではないのです。

僅か3分ほどの船旅ですが、浦賀湾の海上を走る小さな『渡し船』は、まさに天の川伝説を彷彿とさせるロマンなのです。

最後に。。。

縁結びの叶神社で、ご利益がいただけそうな気がしましたか。
一度、参拝されることをお勧めしますが、参拝以外でも、房総半島が見渡せる風光明美な浦賀は見所も満載です。
ペリー来航にまつわる資料館や、浦賀造船所時代のドック遺構など、歴史と文化と景観、そしてロマンあふれる街なのです。

横須賀に来られた際は、是非、浦賀にも立ち寄って、天の川を渡ってみてはいかがですか。

掲載内容は執筆時点のものです。 2013/10/12 訪問

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